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名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)1002号 判決 1996年3月13日

第一分冊

第一分冊目次

[当事者の表示]

[主文]

[事実及び理由]

第一 原告らの請求

第二 事案の概要

一 本件の概要

二 争いのない事実等

三 争点

第三 争点に関する当事者の主張

第四 争点に対する判断

第五 結論

[当裁判所の判断]

第一章 争点1(被告の反共差別意思ないし反共労務施策の存否)について

第一款 被告の労務施策と前提事実

第一 電産の解体と中電労組の結成等<省略>

第二 被告の労働生産性向上施策(業務の合理化、効率化)<省略>

第三 原告らの活動<省略>

第四 従業員意見調査と労務部門の改変<省略>

第二款 被告の反共差別意思ないし反共労務施策の存否

第一 反共差別意思の存否<省略>

一 労務管理講座<省略>

二 若年指導者研修会及びインフォーマル・グループ<省略>

三 被告の反共差別意思を示すその他の文書<省略>

第二 反共労務施策の存否<省略>

一 リストアップ<省略>

二 各職場における反共差別の状況<省略>

第三 小括

一 反共差別意思ないし反共労務施策の存否について

二 被告主張について

第二章 争点2(賃金差別行為の有無と責任原因)について

第一款 賃金差別行為の有無

第一 賃金及び職級と格差の存在

一 原告ら及び同期・同学歴入社者の賃金と職級(職階)の概況

二 同期・同学歴入社者の処遇の概要

三 格差の存在

第二 賃金差別の主張・立証の構造について

第三 賃金差別を示す直接証拠について

第四 被告の人事・賃金制度は職能給(能力給)か<一部省略>

第五 被告の人事・賃金制度の運用実態は年功序列的か

一 賃金実態を把握することの意義・標準者概念の有意性

二 賃金実態を把握するための資料について

三 右関係資料等から認められる賃金実態<一部省略>

四 年功序列的賃金実態の存在

第六 賃金差別行為の有無について

一 原告らに対する処遇の実態について

二 マル特認定とその時期について

三 賃金差別行為と因果関係

第二款 原告らの勤務振りの劣悪性について

第一 勤務振りの劣悪性の意義

第二 被告の標準的な従業員の勤務振り<一部省略>

第三 被告主張の劣悪事実について

第四 原告番号48竹内信之について

第三款 責任原因

第一 不法行為の成否について

第二 債務不履行責任について

第三 消滅時効の抗弁について

第四款 損害について

第一 損害の算定の基準

第二 損害の算定

第三章 争点3(その他の差別・迫害行為の有無及び不法行為の成否)について

第一款 本件提訴三年以前の行為について

第二款 右以外の行為について

第四章 結論

第一款 差別賃金相当損害の賠償請求について

第二款 慰藉料請求について

第三款 謝罪文交付等請求について

第四款 弁護士費用について

別紙1 認容債権目録

別紙6 <省略>

第二分冊<省略>

第三分冊<省略>

第四分冊<省略>

第五分冊<一部省略>

別紙2 当事者目録

判決

当事者の表示

別紙2「当事者目録」記載のとおり

主文

一  被告は原告らに対し、別紙1「認容債権目録」の各原告に対応する「認容額合計」欄記載の金員並びにその各内金である同目録の「認容額1」欄ないし「認容額8」欄及び「弁護士費用」欄記載の各金員に対する各対応の「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告は原告らに対し、別紙3「請求債権目録」の各原告に対応する「請求債権合計」欄記載の金員及びその各内金である同目録の「請求債権1」欄ないし「請求債権12」欄記載の各金員に対する各対応の「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告らに対し、それぞれ別紙4「謝罪文」を交付し、かつB紙大の白紙に右「謝罪文」をいっぱいに墨書の上、別紙5「掲示場所目録」記載の各場所に判決確定日より三〇日間掲示し、判決確定日の直後に発行される被告の社内報「中部電力新聞」の第一頁上部に五号活字を用いて右「謝罪文」を掲載せよ。

第二  事案の概要

一  本件の概要

原告らはいずれも被告従業員であるが、本件は、被告が原告らを日本共産党員ないしその同調者であるとみなし、その反共労務施策に基づき、原告らに対して、職級(職階)の格付けや賃金査定等の処遇を著しく低位にして賃金差別を行い、また転向強要その他の差別・迫害行為をなしたが、これらは、労働基準法三条、民法九〇条等に違反する違法な思想攻撃、差別・迫害行為であって、原告らの人格権・賃金上の期待権(勤務能力・勤務成績を同じくする同期・同学歴入社の「標準者」と同等の考課査定を受けて同じ賃金の支払を受くべき期待的利益)を侵害した不法行為であり、また同等の能力、技術、経験等を有する労働者を平等に処遇すべき労働契約上の義務に違反する債務不履行である等として、差別賃金相当額の損害、慰藉料、弁護士費用等の支払を求めるとともに、謝罪文の掲示を求めたのに対し、被告が、原告らの職級・賃金等が同期・同学歴入社者に比して低位におかれているのは、職務給制度を採用する被告において、原告らの勤務成績等が長年にわたって著しく劣悪であった結果であって、被告が反共労務施策を実施したことはなく、原告らを差別的に取り扱う意思もなかった等と主張してこれを争った事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

(一) 被告は、昭和二五年一一月の電気事業再編成令及び公益事業令に基づいて、発送電の事業を独占していた日本発送電株式会社の営業の一部及び中部地方における配電事業を行っていた中部配電株式会社の営業の全部の各譲渡を受けて、昭和二六年五月一日、中部地方における電力の生産及び供給を主たる事業目的として設立された株式会社である。

(二) 原告ら(承継原告については亡望月文博、同出口勝雄及び同野村清澄)は、いずれも別紙1「原告ら略歴一覧表」記載の各「入社年月」欄記載の年月に被告(日本発送電株式会社又は中部配電株式会社を含む)に入社し、被告従業員として勤務していた者又は勤務している者である。

原告らの入社時の各最終学歴及び入社後の職歴の概要等は、同表記載のとおりである。

2  被告における賃金体系・賃金制度の変遷

(一) 電産型賃金体系(昭和二六年五月から同二九年一〇月まで)

被告設立後も、被告の賃金体系は日本発送電株式会社等の賃金体系を踏襲し、いわゆる電産型賃金体系を採用していた。その内容は別表5―1記載のとおりである。

但し、同表中基準賃金にしめる能力給の割合は当初の20.5パーセント(以下「「%」と表記する。)から年々増加し、昭和二八年には38.9%となった。

(二) 職階制賃金体系

被告は昭和二九年一二月一五日中部電力労働組合(以下「中電労組」という。)との間で職階制度実施に関する協定を締結し、これに基づき同年一〇月に遡って職階制度を導入し、新賃金体系が定められた。

右賃金体系は前期(昭和三〇年度から同四〇年度)と職階制度改定以後の後期(同四〇年四月一日から同四七年)とに大きく区分される。

(1) 賃金体系

① 前期職階制賃金体系

その内容は別表5―2記載のとおりである。

② 後期職階制賃金体系

その内容は別表5―3記載のとおりである。

(2) 資格制度

右昭和三〇年の職階制導入とともに、資格制度も導入された。これは、資格を上位職階(昭和四八年四月まで)又は職級(昭和四八年以降)への昇進の最低必要条件として運用することによって、職階制と有機的に関連させる制度である。

資格の名称及び段階は別表6―1記載のとおりであり、従業員への最初の資格付与は、別表6―2記載のとおりであった。

資格の昇進(以下「昇格」という。)については、原則として①現資格在任年数②年齢③職務遂行能力からなる最短昇格基準を満たす者の中から所属長の推薦を基に行い、右最短昇格基準の内容は、当初別表6―3記載のとおりであった。

また、右最短昇格基準の外に、勤続昇格基準、特別昇格選考等によっても昇格が行われる場合が存した。勤続昇格基準の内容は別表6―4記載の、特別昇格選考の内容は別表6―5記載のとおりである。

昭和四八年四月に職能等級制度へ移行した際、資格が職級付与の条件になるとともに、昇格基準が改定された。改定後の昇格基準の内容は別表6―6記載のとおりであり、前記勤続昇格基準の内容が右改定後の基準に盛り込まれた。前記資格の名称及び段階は改定によって変更されていない。

なお、後記職階制度における一般職員の職階、職級別の必要資格は別表6―7記載のとおりである。

ところで、資格制度は現在でも施行されているが、後記のとおり、昭和五二年四月以降、資格の職級付与の要件としての性格を失い、社員の勤続貢献度を表すものとしての意義のみとなった。したがって、右以降、後記のとおり昭和五四年一〇月に資格調整手当が新設されるまで、資格は被告の賃金体系上意味を持たなくなった。

(3) 職階制度

職階は、職務評価により決定した経営内における職務の価値段階区分を表したものと定義され、職階制賃金体系において基本給昇給の重要な要素であるなど右賃金体系運用の中心であった。

その段階(ランク)は、職階制賃金体系発足当初二〇段階とされていたが、昭和三四年四月から一〇段階(Ⅰ職階からⅩ職階と呼称)となり、さらに後期職階制に改定された昭和四〇年四月以降、一般職一〇段階、一般役付職四段階となった。

また、後期職階制の実施により、一般職については、後記のとおり職階に代わって職級が基本給昇給と直接結びつくこととなり、職階は、新設された職務調整手当のうち、職階別基準額に影響を与えることとなった。

なお、後記職能等級制度が実施された昭和四八年四月、職階制度は廃止された。

(4) 職級制度

職級は職務遂行能力段階を表すものと定義される。

被告においては、昭和三四年四月から一五段階の職級が設けられていたが、これは賃金決定と関連性がなかった。しかしながら、昭和四〇年四月の後期職階制において、右の職務遂行能力段階としての職級制度が導入され、当初一般職の職階に対応した一〇段階の職級が定められた(なお、この時点では管理職には職級は付与されなかった。)。

職級の付与基準の内容は別表7―1記載のとおりである。

そして、右職級がそれまでの職階に代わって基本給の昇給と直接結びつくこととなった。

(三) 職能等級制度

昭和四八年四月職階制が廃止されて職能等級制度が導入された。この制度は人事評定制度(業績評定制度及び適性評定制度)により職務遂行能力を評価して職級を付与し、職級を人事管理の基準とするものである。

そして後記(四)のとおり、現在まで被告の賃金体系は基本的にこの職能等級制度によって運用されている。

(四) 職能等級制度における賃金体系

職能等級制度における賃金体系等の変遷の状況は以下のとおりである。

(1) 昭和四八年度から同五二年三月までの賃金体系等

① 賃金体系

この期間の賃金体系の内容は、別表5―4記載のとおりであった。

② 職級

この期間の職級区分は、一般役付職四段階、一般職一〇段階に区分され、その名称及び職級ごとの能力表示(職級区分表示)は別表7―2記載のとおりであり、職級付与の基準は別表7―3記載のとおりであった。

(2) 昭和五二年四月以降の賃金体系等

昭和五二年四月、定年後五か年の再雇用を行うことを骨子とする「特別社員制度」の発足に伴い、賃金体系及び職級段階等が改定された。

① 賃金体系

この期間の賃金体系の内容は、後記③ないし⑦による変更の外、別表5―5記載のとおりであった。

② 職級

この期間の職級段階は、一般役付職三段階、一般職三段階(標準級を含む四段階)に区分され、その名称及び区分基準(職級付与の基準を含む。)の内容は別表7―5記載のとおりであった。

なお、この改定に伴い、資格は職級付与の要件としての性格を失い、被告の賃金体系上一旦意味をもたなくなった。

③ 資格調整手当の新設

昭和五四年一〇月、資格調整手当が新設され、資格が再び被告の賃金体系上意味をもつものとなった。

④ 定年延長に伴う賃金体系の変更

昭和五六年四月、定年を段階的に延長したことに伴い、別表7―7記載のとおり、賃金の年功的部分が見直され、満五〇歳前後をピークとする賃金体系となった。

⑤ 昭和五八年七、八月の職級呼称の変更等

役付職について昭和五八年七月から、一般職について同年八月から、職能等級制度の一部改定が実施された。

これによる職級の呼称の変更状況は、別表7―8記載のとおりであり、主務制度が新設されてこれに手当(職能調整給に加算する方式)が付されるとともに、従前準役付職として一般職と区別されていた旧主任級が一般職とされた。

また、従前の職級区分基準(別表7―5)のうち、(新)四級の職級区分が、別表7―9記載のとおり改められた。

⑥ 職級別勤続年数別基本給表の設定

六〇年四月、従来の基本給における職級と号数を軸とする進級・進号加算制度が職級と勤続年数による絶対額管理に変更され、新たに基本給管理制度に組み込まれた。昭和六〇年四月一日実施時の職級別勤続年数別基本給表は別表7―10記載のとおりである。

(3) 昭和六二年三月以降の賃金体系(現行賃金体系)等

昭和六二年三月、一般職の職級区分が改定され、現在までこれによって被告の賃金制度は運用されている。改定後の職級区分は、別表7―11記載のとおりであり、職級区分基準は別表7―12記載のとおりである。

なお、賃金体系自体は、基本的に従前の体系を踏襲している。

(五) 以上後期職階制における職階から昭和六二年三月改定の職級区分までの職階ないし職級区分の推移をまとめると、別表8「職級区分推移一覧表」記載のとおりとなる。

3  被告の原告らに対する人事上の処遇等

(一) 原告らに支給された賃金額

原告らが昭和四七年五月から平成七年三月までの間に被告から支給を受けた賃金等は、別表2「賃金格差一覧表」の各賃金費目の「原告」欄(A、C、E1、E2、G、I、K、M、O)に各記載のとおりである。

(二) 原告らの職級(職階)の推移と同期・同学歴入社者の中位職級(職階)の推移

原告らが昭和四七年度から平成六年度までの間に格付けされていた職級(職階)の推移は別表3「原告ら職級(階)推移一覧表」記載のとおりであり、他方原告らと同期・同学歴入社者の平成二年度までの中位職級(職階)の推移は別表4「中位職級(階)推移一覧表」中の各対応年度記載のとおりである。

(三) 平均基本給の推移

原告らと同期・同学歴入社者の平均基本給のうち、昭和四七年度から平成二年度までの期間の推移については、別表2「賃金格差一覧表」の「基本給」欄中の「同期者」欄(B)に各記載のとおりである。

(四) その他

各年度ごとの賞与支給率については別表9「賞与支給率一覧表」、財産形成助成手当支給率については別表10「財産形成手当支給率一覧表」に各記載のとおりであり、給与支給日の変更に伴う補完措置の支給額は昭和五〇年一二月の支払基準賃金の6.6%(基準賃金比例分)に一〇、〇〇〇円(一律分)を加えたものである。

三  争点

本件における事実上及び法律上の争点は次のとおりである。

1  被告の反共差別意思ないし反共労務施策の存否

2  被告の賃金差別行為の有無及び原因

(一) 格差の存否

(二) 賃金差別の主張・立証の構造

(三) 被告の人事・賃金制度は職務(能力)給制度か

(四) 被告の人事・賃金制度の運用実態は年功序列的か

(五) 標準者(標準的労働者)概念の有意性は認められるか

(六) 賃金差別行為と格差の因果関係

3  原告らの勤務振りは劣悪であったか

4  被告の責任の有無

(一) 不法行為

(二) 債務不履行

(三) 消滅時効の抗弁

5  賃金差別行為による損害の有無

6  賃金差別以外の差別・迫害行為の有無及び不法行為の成否

第三  争点に関する当事者の主張

一  原告ら

第二分冊〔原告らの主張〕記載のとおりである。

二  被告

第三分冊〔被告の主張1〕及び第四分冊〔被告の主張2〕記載のとおりである。

三  当事者の主張の概要

当事者の主張は右のとおりであるが、当事者双方の主張の概要を示すと次のとおりである。

1  原告ら

(一) 反共差別意思の存在

被告は、労使協調路線に従業員を教育する一方、原告ら日本共産党員、日本民主青年同盟(以下「民青」又は「民青同」ともいう。)員等、階級的・民主的労働組合の前進をめざす先進的労働者を敵視し、これらの者を転向させ、又は社外に放逐する等の反共差別意思に基づく労務方針を基本としている。

(二) 反共労務施策の実施

被告は、右反共労務施策の一環として、原告らに対して賃金差別その他の差別・迫害行為をなすことを計画し、実行している。

(1) 賃金差別

原告らは、被告に勤務する労働者の中で、少なくとも平均水準以上の勤務能力を有しかつ勤務成績をあげているものであるにもかかわらず、日本共産党員ないしその同調者であると目されたために、同期・同学歴入社の同僚に比して、その職級は進級されず、又は著しく遅らされており、人事考課・査定においても著しく不利益な取扱いを受けている。

被告の賃金体系は全体として年功序列的に運用されており、同期・同学歴入社者は一定の「年功の幅」の中で賃金上の処遇を受けているのに、原告らの賃金は右「年功の幅」から大きくはずれ、右のような進級上、人事評定上の差別から、同期・同学歴入社者に比較して著しく低位に置かれている。

(2) その他の差別・迫害行為

被告は、右賃金差別のみならず、転向強要や、不当配転、仕事の取上げ、始末書強要等労働条件に対する不当差別、文化・体育活動(以下「文体活動」ともいう。)、慰安会、各種会議等からの排除、社宅・独身寮における嫌がらせと排除、個人的中傷と監視、組合役員選挙への支配介入等、あらゆる差別・迫害行為を徹底して行っている。

(三) 被告の責任原因等

(1) 不法行為

被告の右賃金差別その他の差別・迫害行為は、労働基準法三条、民法九〇条に違反する違法なものであり、これにより原告らの人格権、賃金上の期待権(勤務能力・勤務成績を同じくする同期・同学歴入社の「標準者」と同等の考課査定を受けて同じ賃金の支払を受くべき期待的利益)を侵害したものであるから、民法七〇九条の不法行為に該当するというべきであって、原告らがこれにより被った損害(慰藉料・差別賃金相当損害)を賠償すべき義務がある。

(2) 債務不履行

使用者は労働者の能力・技術・経験等労働力の内容を構成する諸要素を正しく考慮し、同等の能力、技術、経験等を有する労働者を平等に処遇すべき労働契約上の義務を負っているところ、被告は原告らを思想・信条という労働力の提供と無縁な外的事実を理由に差別しているのは右義務に違反するから、債務不履行に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(四) 損害

(1) 慰藉料

被告の賃金差別その他の差別・迫害行為により原告らは多大な精神的苦痛を被った。

(2) 差別賃金相当損害

被告の賃金制度の運用実態は、従業員を能力中心に処遇するものではなく、年功序列的に、すなわち主として従業員の入社年度及び学歴を中心として処遇するものである。したがって、同期・同学歴入社者との比較による標準者概念には有意性があるから、差別がなければ支給されたであろう賃金額(あるべき賃金額)と原告らが現に支払を受けた賃金額との差額が差別賃金相当の損害となる。具体的には次のとおりである。

① 月例賃金

各原告に対応する同期・同学歴入社の従業員の平均基本給、中位者(同期・同学歴入社の従業員のうち中位に位置付けられる者)の職能(務)調整給、役付手当の合計額から当該原告が支給を受けている基本給、職能(務)調整給、役付手当の合計額を差し引いた額。

② 賞与

あるべき基準賃金(当該年度の基準賃金表による)に年間支給月額を乗じた金額から、当該原告が支給を受けた金額を差し引いた額。

(3) 謝罪文の交付・掲示・掲載

被告の人格蔑視の所為により原告らの受けた名誉感情、社会的名誉、信用の毀損を回復するための措置として、民法七二三条により謝罪文の交付・掲示・掲載が不可欠である。

2  被告

(一) 反共差別意思ないし反共労務施策の不存在(設備防衛施策)

被告は、反共差別攻撃を労務対策の基本方針の一環として計画・準備したことも、実行したこともない。原告らの主張は、昭和三〇年代後半から同四〇年代前半にかけての社会情勢、社内事情等から、被告が一時的に採用した経営施策、労務政策をことさらに誤解或いは曲解したもの若しくは原告ら自身が負うべき労働組合員間ないし従業員間の対立の責任を被告に転嫁しようとしたもの又は全く事実無根のものである。

(二) 賃金差別の不存在―被告の人事管理・賃金制度について

(1) 右のとおり被告には反共差別攻撃の意思も実行もないから、「賃金差別」はそもそも存在しない。

(2) 原告らの賃金が同期・同学歴入社者に比べて低位に置かれているとしても、それは、内容において公正・妥当な被告の人事制度及び賃金制度が、制度どおり運用された結果であって、差別による結果ではない。

被告は、人事考課制度によって、従業員の能力(職務遂行能力の程度及びその発揮度)を客観的に把握し、その度合いによって従業員を、昇格・進級・職階昇進等の制度及び賃金制度の下で適正に処遇しており、従業員の賃金額決定要素の大部分は、右諸制度の反映に基づくから、被告の賃金制度は主として能力を中心として処遇するものといえるところ、原告らの賃金が低位に置かれているのは、原告らの勤務振りが長年にわたって劣悪であり、人事考課の結果もおおむね低位であったからである。

(三) 責任原因及び損害について

(1) 不法行為請求について

① 差別賃金相当損害賠償請求の不当性

ア 同期・同学歴入社者との比較の無意味性

被告においては人事考課を職掌・職級(職階)別に実施しているから、同期・同学歴入社者を処遇の比較対象とすることは無意味であり、また被告の人事・賃金制度は「年功制」ではなく、従業員を主として「能力」で処遇する制度であるから、被告の人事・賃金制度上「標準者」概念を容れる余地はなく、右概念は原告らが恣意的に設定した無意味な概念である。

イ 請求の理不尽性

原告らの差別賃金相当損害賠償請求は、同期・同学歴入社者のうち、その平均賃金額に達しない基本給しか得ていない他の多数の従業員を追い越させよとの請求であって、能力において劣る原告らが、これら従業員を追い抜く結果となるのは被告の人事賃金制度を無視した理不尽な請求である。

② 主張・立証責任について

ア 要件事実の欠落

不法行為の要件事実及びそれらの主張・立証責任に関する原告らの主張は独自の見解であり、原告らの右主張は、個々の差別行為とそれによる損害に関する具体的な要件事実が欠落しているから主張自体失当である。

イ 「賃金格差」の合理性の主張・立証責任

仮に賃金格差が反共差別意思によるものであるとしても、そのことから「原告ら一人ひとりが能力(職務遂行能力の程度及びその発揮度)において「標準者」に比して同等又はそれ以上であったこと」が事実上推定されることはなく、また主張・立証責任が被告に転換されるということもあり得ない。

仮に事実上推定されるとしても、被告は右推定を打ち破るに足りる反証をなしたから、原告らが右事実について具体的な主張・立証を行わない以上原告らの請求は失当である。

ウ 差別賃金相当損害賠償等に関する主張・立証の欠如

被告の人事・賃金制度において「標準者」概念は無意味であるから、これを前提とする「あるべき賃金―標準的賃金」を観念することはできず、原告らの能力が標準者に比して同等又はそれ以上であったことが具体的に主張・立証されていない以上、差別賃金相当の損害を把握することはできない。

また、仮に原告らと標準者との賃金格差額に差別による部分が含まれていたとしても、その部分と正当な人事考課の結果とを特定できていない以上、やはり差別賃金相当損害は認められない。

なお、本件のような賃金差別事件において、割合的認定(過失相殺類推適用、割合的因果関係等)の考え方を容れる余地はない。

③ 仮定的消滅時効の抗弁

仮に不法行為が成立するとしても、本訴提起の三年前である昭和四七年五月二六日以前の不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅しているから仮定的に消滅時効の抗弁を援用する。

(2) 債務不履行責任について

被告は労働基準法上も、また労働協約上も平等取扱義務を労働契約の内容として負担していない。よって、債務不履行に基づく損害賠償請求は主張自体失当である。

第四  争点に対する判断

後記〔当裁判所の判断〕記載のとおりである。

第五  結論

以上の次第で、原告らの請求は主文掲記の限度で理由があるから認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田晧一 裁判官立石健二 裁判官黒田豊)

〔当裁判所の判断〕

第一章 争点1(被告の反共差別意思ないし反共労務施策の存否)について

第一款 被告の労務施策と前提事実

第一 電産の解体と中電労組の結成等<省略>

第二 被告の労働生産性向上施策(業務の合理化、効率化)<省略>

第三 原告らの活動<省略>

第四 従業員意見調査と労務部門の改変<省略>

第二款 被告の反共差別意思ないし反共労務施策の存否

第一 反共差別意思の存否<省略>

一 労務管理講座

二 若年指導者研修会及びインフォーマル・グループ

三 被告の反共差別意思を示すその他の文書

第二 反共労務施策の存否<省略>

一 リストアップ

二 各職場における反共差別の状況<省略>

第三 小括

一 反共差別意思ないし反共労務施策の存否について

以上認定の事実を総合すれば、遅くとも昭和四〇年頃までに、被告は、被告からみて健全な労使関係の育成や、当時実行していた生産性向上施策、その他被告の基本的な経営方針等に反対し、ややもすれば階級的労使観を全面的に押し出して被告との対立に走る日本共産党、民青同等の左翼思想及びその持主を嫌悪し、被告従業員の中にこれらの思想・信条を有する者が伝播・拡大することをおそれ、そうならないような対策を種々講じるとともに、被告従業員中の日本共産党員ないしその同調者をリストアップし、これらの者に前記認定のような種々の差別を加え、他の従業員をしてこれら左翼思想を有するに至った場合の不利益を自覚させるなどし、もって、これらの者を他の従業員から孤立させ、これら思想が伝播・拡大することを防止し、これらの者による影響を被告から排除しようとしたことが認められる。

二 被告主張について

これに対して、被告はいわゆる設備防衛施策の主張をしているので判断するに、確かに昭和三五年のいわゆる六〇年安保闘争に関するデモ隊その他一部の群衆の行動に鑑み、同四五年の日米安全保障条約改定の時期において、被告の発・変電設備等に対する防衛施策が必要であったとする根拠は抽象的にはもっともな点も存し、たとえ設備防衛施策に関する当時の文書が存在しないとしても、一概にその存在を否定することはできないけれども、前記認定の被告の反共労務施策の内容に照らすと、これを設備防衛施策と言ってみても、設備防衛の対象者すなわち設備を破壊するおそれのある者を明らかに日本共産党員ないしその同調者とみなし、これらの者に対する対策を検討・実施したと認められるものである上、その施策の内容も設備防衛という目的を通り越して、被告から日本共産党員ないしその同調者をその思想・信条の故に差別し、その影響力を排除しようと図ったと認めるほかないというべきものであって、前記認定の反共労務施策をもって単なる設備防衛のための一時的な施策と認めることは到底できず、まさに反共労務施策と呼ぶべき施策であったことは明らかである。

また、被告は、原告らの差別行為の主張は、反共方針を有する中電労組やその組合員である一般従業員との間の軋轢を、原告らが被告の行為であると曲解し、勝手に決めつけたものであるとも主張する。確かに中電労組は結成以来反共を基本方針とし、組織防衛のため組合内部における日本共産党の影響力を排除する施策を継続して実行していたと認められ、原告らが差別・迫害行為として主張する各事実の中には、その主張自体が、これら組合員と原告らとの間の思想・信条を巡る従業員間の対立の域を出ないと認められるものも存することは前記認定のとおりであるけれども、前記認定の事実は、その多くが組合内部の対立というよりも、業務に関する職制による行為であると認められ、或いは被告の労務施策の意思を体したものと認められるようなものであり、また当時被告内において、共産主義思想に対抗する従業員を中心として、グループ的に活動し、原告らと激しく対抗していたインフォーマル・グループに属する従業員との間の対立に基づくものもあり、被告はこれらいわゆるインフォーマル・グループの結成・活動に種々の便宜を図るなどその育成を慫慂していたことが認められるのであって、この点は措くとしてもなお、被告の反共労務施策の存在を優に認めることができるから、被告のこの点に関する主張も採用できない。

第二章 争点2(賃金差別行為の有無と責任原因)について

第一款 賃金差別行為の有無

第一 賃金及び職級と格差の存在

一 原告ら及び同期・同学歴入社者の賃金と職級(職階)の概況

原告らに対し昭和四七年度ないし平成六年度の間に現に支払われた賃金は、別表2「賃金格差一覧表」中の各賃金費目の「原告」欄(A、C、E1、E2、I、K、M、O)記載のとおりであり(争いがない。)、原告らの基準賃金は、弁論の全趣旨により、同表中の「基準賃金」欄(G)記載のとおりであると認められる。

また原告らの右期間中の職級(職階)の推移は、別表3「原告ら職級(階)推移一覧表」記載のとおりである(争いがない。)。

二 同期・同学歴入社者の処遇の概要

1 賃金について

弁論の全趣旨によれば、原告らと同期・同学歴入社者の賃金上の処遇の概要について、次のとおり認められる。

(一) 各原告に対応する同期・同学歴入社者の、昭和四七年度ないし平成六年度における平均基本給は、別表2「賃金格差一覧表」中の「基本給」欄中の「同期者」欄(B)に各記載のとおりである(平成二年度分までについては、争いがない。)。

(二) 各原告に対応する同期・同学歴入社者の中位者が格付けされた職級に対応する、右期間における職能(務)調整給、役付手当・職責手当等は同表中の各費目に対応する欄中の「同期者」欄(D、F)に各記載のとおりである(平成二年度分までについては、争いがない。)。

(三) 各原告に対応する同期・同学歴入社者の、右期間における基準賃金については、右平均基本給に、右職能(務)調整給、役付手当・職責手当等を積み上げた上算出すれば、同表「基準賃金」欄中の「同期者」欄(H)に各記載のとおりである。

(四) 各原告に対応する同期・同学歴入社者の、右期間における六月及び一二月支給の賞与並びに六月及び一月支給の財形手当を、右基準賃金を基に、前記争いのない事実等記載の支給率によって算出すれば、同表中の各費目に対応する欄中の「同期者」欄(J、L、N、P)に各記載のとおりである。

2 職級(職階)について

弁論の全趣旨によれば、昭和四七年度ないし平成六年度において、原告らと同期・同学歴入社者の中位者が格付けされた職級(中位職級)の推移は、別表4「中位職級(階)推移一覧表」中の各対応年度記載のとおりである(平成二年度分までについては、争いがない。)。

三 格差の存在

1  右争いのない事実等及び認定事実を総合すれば、原告らが現に受け取った賃金(期末手当等を含む)と、同期・同学歴入社者のそれとの間には、別表2「賃金格差一覧表」記載のとおり格差が存在し、その差は年次を経るに従って拡大しており、また、職級(職階)についても、別表3「原告ら職級(階)推移一覧表」及び別表4「中位職級(階)推移一覧表」の各原告に対応する部分を比較すれば、原告らが格付けされている職級(職階)と、同期・同学歴入社者の中位者の格付けされている職級(職階)との差は、やはり徐々にではあるが、年次を追うごとに拡大していることが認められる。

すなわち、原告らとその同期・同学歴入社者との人事上の処遇を比較した場合、まず、賃金額について、同期・同学歴入社者の平均基本給との比較において、また職級(職階)については、同期・同学歴入社者の中位者との比較において、それぞれ原告らが低位に処遇されていることは明らかであって(なお、右賃金の点について、中位者の職能(務)調整給及び役付手当等との比較においても原告らとの間に顕著な格差が存在するが、これは被告の賃金体系からして、主として右職級(職階)上の格差に基づくものであると認められるため、以下の判断としては、ひとまず職級(職階)の格差と同列に検討すれば足りるものといえる。)、原告らと同期・同学歴入社者の間には、進級(職階昇進)及び賃金額等の人事上の処遇において、格差が存在することは明らかである。

2  もっとも、ここでいう「格差の存在」とは、単に外形的、客観的な数値によって、原告らと同期・同学歴入社者の平均基本給及び中位職級とを比較した結果にすぎないものであって、右のような方式により原告らとその同期・同学歴入社者との処遇を比較すること及びその比較の対象として平均基本給を得ている者及び中位職級の地位にある者に求めることの有意性については、被告の人事・賃金制度及びその運用の実態が、年功序列的賃金制度及びその運用実態にあるか、職務(能)給制度及びその運用実態にあるかといった争点についての検討を経たうえでなければ容易に決せられない事柄であることはいうまでもないから、この点については第四及び第五においてさらに検討することになる。

第二  賃金差別の主張・立証の構造について

被告が反共差別意思を有し、基本的労務方針としての反共労務施策に基づき原告らに対して差別的対応をしてきたことは、前に認定したとおりである。

一  原告らは、賃金差別は、企業の従業員に対する差別としては通常の方法であるとともに、極めて便利で効果的な差別方法ということができることからすると、右のような差別行為を全社的に繰り広げてきた被告が原告らに対し、賃金差別意思のみを有しないというようなことは、通常はあり得ないことであるから、原告らに生じた賃金格差は、被告の賃金差別意思に基づくものであると推定されるべきは当然のことである旨主張する。

しかしながら、被告のように同期・同学歴入社者だけでも平均的に毎年約四〇〇名以上もの従業員を採用し、総数一万八〇〇〇名(昭和四九年頃)に達する従業員を抱え、これら従業員の人事・賃金については労働組合との協定を経た上確定された人事考課制度に基づき運用し若しくは運用せざるを得ない立場にある大企業において、賃金差別が企業の従業員に対する思想・信条による差別行為として通常行われる方法であると断ずることはできない。

二  原告らは、原告らが同期・同学歴入社者の他の従業員と同じ職種の労働に従事してきた事実を証明すれば、同一労働同一賃金の原則の適用により、使用者である被告において同一の賃金すなわち少なくとも平均基本給に相当する賃金を支払うべき義務が生じるから、右のとおり被告が反共差別意思を有し、反共労務施策を実行してきたことと賃金格差の存在が認められれば、被告において、原告らに対し公正な考課・査定をしたけれども生じた賃金格差であることを立証しないかぎり、賃金差別行為があったものと推定すべきである旨主張する。

確かに労働基準法三、四条は同一労働に対し同一賃金が支払われるべきことを定めているけれども、同規定は使用者と労働者間の雇用条件を直接規律する規定ではないこと、この点を措くとしても、労働者が提供すべき労働とその対償である賃金は、もともと労働者と使用者の自由な意思に基づき決定されるべきものである上、一般に人事・賃金制度につき就業規則を置き、労働組合との間に労働協約等を締結している企業においては、労働者は自己の賃金等が、これら就業規則等に定める人事・賃金制度に従って使用者による人事考課・査定を経て決定されることを承諾して入社し、勤務を継続してきているものであること、この理は原告らについても何ら異なるものではなく、現に原告らは被告の定める人事・賃金制度の下で処遇を受けてきているものであることは前記争いのない事実等記載のとおりである。したがって、被告における人事・賃金制度の内容、形態及び運用の実態等について検討することなく、原告らが、他の同期・同学歴入社者と同一の職種の労働に従事し、同一の職務に対応する労務を提供してきたということから、直ちに他の従業員と同一の賃金(平均賃金)の支払いを受ける権利が発生するとして、賃金格差の生じた原因については、被告に立証の必要があるかのようにいう原告らの主張は、論理に飛躍があるというべく採用できない。

三  また、賃金差別は人事考課・査定を通して又はそれと渾然一体となって秘密裡に行われ、これを外形的、客観的に把握することは困難であるから、外形的、客観的に把握可能な前記認定のような差別行為により、被告の賃金差別意思を推定すべきであるとの原告らの主張も理解できないではないけれども、そもそも人事考課・査定は裁量性を伴った評価・判断作用であり、我が国においては人事の秘密ということも企業経営上やむを得ないものとして社会的に容認されている面があることを考慮すると、右のような差別と賃金差別とは行為の性質及び態様が本質的に異なっていることを認めざるを得ないし、具体的差別の内容及び態様についても各原告ごとに異なっていることが認められるから、被告の人事・賃金制度の内容、形態及び運用の実態等について検討することなく、被告が反共差別意思を有し、反共労務施策を実施していたことが認められるからといって、このことから当然に、被告が、日本共産党員ないしその同調者と目された原告ら各自に対し、しかも原告ら主張の全期間にわたって賃金差別意思に基づき賃金差別を実行したと推定するのは相当でないというべきである。

第三 賃金差別を示す直接証拠について

一 原告らは、被告の賃金差別意思の存在とその実行は、右のような原告らに対する外形的反共差別行為によって推定されるだけではなく、次のような文書等によってその存在が直接的に証明される旨主張する。

ところで一般に、企業は従業員の賃金に関する事項を極秘扱いとするから、差別されたと主張する者に差別を直接示す文書が入手されることは滅多にないことであり、それ故その片鱗を窺わせる文書等が存在する場合はその証拠価値について高く評価すべきであるとの要請が認められる反面、かかる文書は入手経路やその成立に解明困難なところがあるなどのため、記載内容の解釈、評価については慎重に吟味する必要のあることも又認めなければならない。

また、被告の職制等が、原告らを含むマル特者に対し転向を強要した際などに、原告らに対し転向しなければ人事・賃金上の差別を仄めかす等した旨の陳述(書)等も存在するところであるが、前記のとおりの人事・賃金制度の一般的性質及び後記認定の被告の人事・賃金制度の組織・形態に照らすと、これら陳述等によって、確実な裏付けのないまま直ちに原告ら各自に対し、しかも原告ら主張の期間にわたっての賃金差別行為を認定することは相当でないというべきである。

二 そこで右見地から原告らのいう直接証拠につきまず検討し、次に標準者概念の有意性の問題と併せて、被告の人事・賃金制度の組織・形態と運用実態について検討を進めることとする。

1 左翼思想対策文書(甲第一六二号証)について

右文書の記載内容及びこれが被告の反共差別意思と反共労務施策の存在とを窺わせるに足りるものであることは前に認定のとおりであるが、これにより被告が原告ら各自に対し具体的に賃金差別を行ったことまでの推認をすることができないことは右に述べたところから明らかである。

2 大垣制御所長宛文書(甲第一〇七三号証の一)について

右文書には次のとおりの記載がなされている。

「1 共産党員の現状について

(1) 共産党員、増加しつつある。非行化して来ているし、内部告発をされるので要注意。

(2) 選挙運動とか、ビラにより、共産党に向けようとしている。

(3) 社内党員も本部からの指令で動いている。

(4) 現在、会社業務、総労関係で裁判を行っている(九〇人訴訟)。

(5) 会社は、裁判について、関係者一人一人について行う予定で延している。

(6) 本店代では、云いたい事は云わせて、無視していく方針(得策と考え)

(7) ビラについては、無視していった方がよい(無関心で行く)。

(8) 内部告発されないように我々は、日常注意しなければいけない。

2 本人の状況

3 裁判予定日(本年分)

4 主任級に対する対応

(1) 主任は、準役付職で、役付職の予備軍(群)と云う事で主任にさせない考えで進んでいる(労務課)。

(2) 主任申請しない理由項目について

① 年功、経験のみでなく、管理者、上長の補佐が不充分

② 会社の方針、上長の方針、指示の理解、は握力が〃

③ 複雑な執行業務の処理等についての上長補佐〃

④ 下級者の教育、指導、監督不充分

⑤ 模範者でない。

⑥ その他社内外の相応を考えて

◎ その他詳細は、主任級区分基準等による。

(3) 文書で苦情処理等来た場合、信頼感で、いらないのではないかと云うことで、書類扱は、出来るかぎりさける。

(4) 日常、業務において、オチョンボ記録をとって居き、理由項目とする。

5 転勤に対して

6 評価について

4が最高と云うことで、立前で評価して下さい。

7 七月二四日の打合せの目的について

(1) 七月一七日本店へ要望書提出された。

(2) 各々、本人達の中で、S三六年、S三七年新高卒入社のものが主任に昇進該当している。

(3) 本人達の主任への申請および昇進させない、統一した考え、解答を出すための再確認するのが主目的です。

8 今回、新高卒三八年生は、全部主任になる。同僚は全部主任になる。

9 よって、当りが強くなり、返答出来る様にして居ってほしい。

10 面接の内容を記入して、労務へ送って下さい。

11 日常業務に居いて、失敗をメモして居き、いやな事ではあるが、現場→総務課、佐藤氏→労務課、林副長へ

12 転勤に対しては、ラインと人事を通じてから出してもらいたい(総務課長)。

13 苦情があったら、直ちに連絡して下さい(総務課、支部へ)。

支部委員(職場委員)への返事をせずに連絡をもらう様にして下さい。

14 今回は、苦情処理の第六九条が該当しているので注意して居って下さい。」

右文書の記載内容によるかぎり、これから発令が予定されている人事案件に関し、岐阜支店管内における原告森島正司ら日本共産党員ないしその同調者から所属長に対し、主任に進級させない理由等についての質問や抗議等のなされることを予測し、労務担当者会議において、これに対する対処方を検討し見解の統一を図ったものであることは明らかであり、前記認定のとおりの被告の反共差別意思と反共労務施策の存在とを併せ考えると、昭和五五年七月当時、被告は日本共産党員ないしその同調者である右原告らの人事・賃金に関して、右のような賃金格差が生じていることを十分認識していながら、これを認容し慫慂していたことが認められる。

もっとも、右文書の成立経過等に照らすと、同文書から被告が右原告らに対し、積極的に差別的人事考課・査定を行っていたかについては疑問を挟む余地もあるが、いずれにせよ、この文書のみによって被告が右時期以降においても一貫して原告ら各自に対し差別的人事考課・査定を行っていたことまでは認め難い。

3 甲第一〇五五号証の一ないし三(粗点調整票等)について

右書面が、被告総合技術研究所に勤務する従業員に対し被告が行った人事考課資料、いわゆるキーマン調整の一端を示すものであることは明らかであるけれども、被告がキーマン調整を行う際、原告らを下位キーマンから予め除く等の差別をしていたとの記載部分については、証人石田英夫の証言に照らして直ちに採用し難いところがあり、右書面をもって、被告が直接原告ら各自に対し差別的人事考課・査定を行っていたことまで認めることには躊躇される。

4 甲イ第三五号証の二二について

右書証は、原告熊﨑脩、同牧原正泰、同秋田治の各直属長であった久保幸雄が、所属従業員の人事評定に関して記載したメモと認められるものであるが、証人久保幸雄の証言に照らすと、その作成目的、経過が必ずしも明確ではないため、同書面に記載された評点に関する事項が、原告熊﨑脩、同牧原正泰、同秋田治の昭和五〇年度の人事評定結果を示すものであるかは疑問であり、したがって被告の同年度の評定結果と対照することにより、右久保幸雄の評定結果が、もともと右メモに記載のように良好であったのに、被告人事課等においてこれに変更を加えたことが明らかであるかのようにいう原告らの主張は採用できない。

5 甲イ第五〇号証の八八の一、甲イ第八六号証の七等の陳述書について

甲イ第五〇号証の八八の一は、原告小池渡の直属長であった寺尾博之の陳述書であり、甲イ第八六号証の七は、原告石上俊二の直属長であった杉山登の陳述書である。いずれも右原告らの勤務成績が極めて良好であったことを述べたものであって、その内容は同原告らの本人尋問の結果に照らして措信できるものである。

ただ、同文書によっても、同原告らの人事考課・査定が何時の時点で、どの程度に評価されるべきであったかを知ることはできないのであって、やはり被告の人事・賃金制度の形態及び運用実態等の検討を経た上で、最終的な評価をするのが相当である。

6 転向者に対する処遇の変化

昭和四三年三月頃、知多火力発電所保修課に勤務し日本共産党員であった植村建夫が、上司から執拗な説得を受けて離党し、同四八年八月退職したことは前記認定のとおりである。その間の同人の基本給及び職級の変化をみると、同人が転向した同四三年までは他の原告らとほぼ同様低位にあったものが、同四四年からは明らかに上昇し、その格差を次第に回復していることが認められ、被告は転向者に対し、転向時点からその者の基本給及び職級に調整を加える等の人事上特別の処遇を図っていたことが推認される。

第四 被告の人事・賃金制度は職能給(能力給)か<一部省略>

一 被告における人事・賃金制度の概要及びその変遷の状況は、既に前記争いのない事実等において説示しているところであるが、更に別紙6の3記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。

1 被告における従業員処遇の基本的考え方と処遇の要素

(一) 従業員処遇の基本的考え方

前記争いのない事実等記載のとおり、被告は、従業員処遇のための人事制度として、昭和二九年に職階制度を導入し、その後職能等級制度の実施等適宜改定を経て今日に至っているが、これらの制度を通じて認められる被告の従業員処遇に対する基本的考え方は、従業員処遇のための人事制度そのものが従業員にとっても経営側にとっても極めて重要な制度であることを認識した上、従業員を主として被告に対する貢献度に応じて処遇する方針で一貫している。被告に対する貢献度とは、当該従業員がどの程度の職務遂行能力を有し、それを担当職務の上でどの程度発揮したか、すなわち「職務遂行能力の程度及びその発揮度」(「能力」)であるとした上、これを人事考課によって把握し、その度合いによって従業員を適正に処遇することである。したがって、「能力」が異なれば当然それに対応して従業員一人ひとりの処遇も異なることになり、たとえ同期・同学歴入社者の間でも、「能力」に差があり、それが長年にわたって続いたとすると、その職務上の地位(職位)の間にも相当大幅な格差が生じ得る建前となっている。

(二) 従業員処遇の基本的要素

(1) 従業員の処遇をいう場合、従業員をどのような職位に就けるかということと、従業員に対しどの程度の賃金を支払うかということが最も重要な位置を占めるものであることは明らかなところ、従業員をどのような職位に就けるかは、従業員に現に付与されている職級(職階)によって決定されることとなっており(なお、職級(職階)の付与基準等は、前記争いのない事実等記載のとおりである。)、例えば、昭和四〇年度から同四七年度までの後期職階制度下においては、一般管理職の職階である管理一級という職階を付与されている者は、「責任度及び困難度が営業所副長の職務と同等である職務」に相当する職位にしか就けず、支店(社)係長に相当する職位を得るためには、職階昇進して管理三級の職階を付与されなければならないし、昭和五二年度から同五八年度までの職能等級制度下においては、一般職の職級である主任級を付与されている者は、係長という一般役付職の職位には就くことができないことになっている。

(2) また、賃金額の決定も、主として現に付与されている職級(職階)と人事考課結果とに基づいて決定されることとなっており、具体的には、賃金の主要な部分を占める基本給は、前年度の基本給に、職級(職階)と人事考課結果とに基づき決定される昇給額を加算して決定され、賞与も、機械的に算定される部分以外の部分は職級(職階)と人事考課結果とに基づいて決定されることとなっている。

(3) そして、職階制度下においては、主として人事考課結果に基づく査定を経て昇格(上位資格の付与)し、その後はじめて職階昇進(上位職階の付与)が可能であったし、職能等級制度下では、主として人事考課結果に基づく査定を経て進級(上位職級の付与)が可能であったから、結局、人事考課の結果が従業員の処遇を決定する最も重要な要素であるということができる。

(三) 人事制度の基本

被告が、昭和二九年度から同四七年度まで職階制度を、同四八年度以降は職能等級制度をそれぞれ採用していることは、前記争いのない事実等記載のとおりである。そして職階制度とは、会社における全業務を職務評価することによって職務の価値段階区分として決定された「職階」に、従業員をその職務遂行能力に応じて配員し、その職階と当該職階での職務遂行能力の発揮度とによって従業員の処遇を決定する制度であり、職能等級制度とは、従業員の職務遂行能力を職級という形で格付けし、各人に付与された職級と、それに応じて与えられた職務における職務遂行能力の発揮度とによって従業員の処遇を決定する制度であるが、いずれの制度も、前記のとおり、従業員の処遇は毎年の人事考課によって把握される当該従業員の「能力」に応じて決定されることとなっているものである。<以下省略>

二  以上認定の事実及び前記争いのない事実等を総合すれば、被告の人事・賃金制度には、前記のとおり職階制度下における最短昇格基準、勤続昇格基準、職能等級制度下における進級枠及び勤続昇級基準、特例措置による昇格及び進級、初任者についての標準扱期間及び一律査定等、制度それ自体のなかに、従業員の賃金及び職級(職階)等の処遇を決する際に、当該従業員の学歴・勤続年数等の属人的要素を考慮する面、すなわち年功序列的要素を示す部分の存することが認められる。しかし、これらの要素は、あくまで被告従業員に対する人事上の処遇決定が毎年実施される人事考課の結果及びこれによる昇格・進級並びに賃金査定等に基づいてなされた後、その補正ないし副次的要素として考慮されているにすぎないことが認められ、基本的には被告従業員の人事上の処遇とりわけ職級(職階)と賃金額の決定は、毎年実施される人事考課・査定の結果及びこれによる昇格・進級並びに賃金査定等を主たる要素としてなされていることが認められる。

そして、右のような人事考課・査定が、従業員の被告に対する貢献度すなわち当該従業員がどの程度の職務遂行能力を有し、それを担当職務の上でどの程度発揮したかという「職務遂行能力の程度及びその発揮度」(「能力」)を把握するためになされているものであることからすれば、被告の人事・賃金制度は、全体としては、いわゆる職務(職能)給制度すなわち従業員を主としてその「能力」に応じて処遇する制度であるといえる。したがって、このような被告の人事・賃金制度の下においては、同期・同学歴入社者の間であっても、人事考課の上で、「能力」が異なると評価され、かつそれが毎年度の考課・査定によって積み重なると、原告らの前記のとおりの処遇上の格差も、被告の人事・賃金制度の下で制度どおり運用した結果によって十分に生じ得るものということができる。

三 これに対し、原告らは、そもそも被告の人事考課制度は不公正なものであるから、前記格差の原因を人事考課・査定の結果とする被告の主張は成り立たない旨主張する。

1 すなわち、原告らは、被告の人事考課基準(評定尺度)が不分明であって、被告各論証人によってもこれを明らかにできなかったこと、被告が「絶対基準」の担保であるとして主張した「評定者訓練」についても、人事考課の仕組についての一般的講義はなされても、考課基準(評定尺度)について具体的な訓練がなされた事実はなく、実際の評定の際に基準(尺度)について合議を行なったりしていないこと等から、被告の人事考課・査定は不公正であるという。

しかし、被告の人事考課制度が制度として適正なものであり、組織的にはこれに沿うよう運用が図られていること、そして被告は前記のとおり公正な評価をするための一定の合理的人事考課基準(評定尺度)を明確に定めており、各評定者もそれまでの経験を通し或いは先輩に相談する等して評定尺度に則った評定を学習していることが認められること、人事考課・評定は事柄の性質上如何にこれを定量化、客観化しようとしても自ずから限度があり、そこにある程度不分明さを伴うことがあってもやむを得ない面があること等の事実を考慮すると、被告の人事考課制度及びその運用等に原告らの指摘するような不分明な点があるからといって、被告の人事考課・査定制度全体が直ちに不公正となるとは考えられないから、原告らの主張は採用できない。

2 原告らは、いわゆる能力主義に基づく人事考課制度自体がはらむ様々な弊害を指摘して、司法は無批判的にこれに追随すべきでない旨主張する。

能力主義人事考課には運用次第で考課・査定がとかく主観的判断に流れやすく、従業員間に過当競争を招き、思想・信条による差別がされやすい等原告ら指摘の弊害の生ずるおそれのあることは確かであるが、被告の実施している人事考課制度は、決して不公正といわれるようなものではなく、公正な運用が図られていることは前記のとおりである上、企業の営利性の追求と従業員の能力発揮の可能性の調和等の観点からみても、現在の日本の大部分の企業特に被告のような公共的企業において基本的に採用されているものと同様に適正な制度であることが認められる。したがって、一般的に能力主義に基づく考課・査定に伴って弊害の生ずる可能性の考えられることから、確たる証拠もないまま、被告の人事考課制度をもって、従業員を支配・服従させるための制度であるとか、原告ら日本共産党員ないしその同調者を差別・迫害するための制度であるかのようにいう原告らの主張は採用できない。

3 なお、原告ら各自に対する思想・信条による差別と賃金格差との個別・具体的因果関係の有無は、被告の人事・賃金制度の運用の実態についての検討を経た後さらに検討されることになる。

第五 被告の人事・賃金制度の運用実態は年功序列的か

一  賃金実態を把握することの意義・標準者概念の有意性

右のとおり、被告の人事・賃金制度は年功序列的要素を含みながらも、基本的には、職務(能力)給制度すなわち従業員を主としてその「能力」によって処遇する制度を採用して今日に至っているといえるが、被告の人事・賃金制度が基本的に能力給制度に基づくといっても、それは被告を含む大企業等において当時一般に採用されていた終身雇用制度の枠内におけるものであり、しかも被告の人事・賃金制度がその制度の建前どおりに運用された場合のことであることは前記認定の経過に照らして明らかである。したがって実際の運用次第によっては、被告の人事・賃金制度が、能力給制度の建前から離れて、年功序列的賃金実態を示すことはあり得るのであり、その一端は前に認定の被告の人事・賃金制度の組織・形態と運用の中にもすでに現れているということができる。

そして、右人事・賃金制度の運用が年功序列的実態を示していると認められる場合には、被告では実際には年功すなわち学歴・入社年度等の属人的要素を主たる要素として従業員の処遇を決定していると認めることができるのみならず、このことが、自然の経過として、とりわけ一定の資格・能力を有する者として厳しい入社試験を通って被告に入社するに至った同期・同学歴入社者の間においては、年功に従った一定の団塊に属する集団が形成され、病気休職等特別の事情のある者を除けば殆どの者がこの集団に属することになるであろうことが容易に推認され、さらにこのような集団が認められる限りにおいて、原告らのいう標準者概念の有意性を肯定することができることになるというべきである。したがって、標準者との間に格差の生じた者については、被告においてその格差の原因について合理的説明を要することになると解するのが公平の観念に照らして相当であり、このこと自体は、人事・賃金制度が公正に運用されていることを主張する被告にとっても異論のないところと思われる。

もっとも、被告の人事・賃金制度が年功序列的賃金実態にあることが証明されたからといって、その基礎に能力給制度の存することが否定できない以上、右集団の中に一定の幅の生ずることは避けられず、具体的には右幅の中のどの位置にある者を標準者として格差を測る基準とすべきかの問題が残される。

この点について、原告らは、右集団の中の中位者を基準にすべきである旨主張するところ、厳密に格差測定の基準という観点からみると、右集団の中の最下限者を基準にするほかないことになるけれども、標準者概念を肯認した経緯からも窺えるように、そもそも標準者といっても、それ自体が格差の存否を決する唯一不可欠の要素という訳ではなく、格差の存在を基礎付ける重要な一間接事実にすぎないというべきものであるから、右最下限者と中位者との間に相当な格差がある等の反証がなされるまでの間は、右集団の集中状況等にも配慮しながら、一応その中位者をもって標準者として取り扱うことは許されるものと解される。したがって、原告らのいう標準者概念をもって無意味のものであるかのようにいう被告の主張は採用できない。

そこで被告の進級及び賃金の運用実態(以下、単に「賃金実態」ということもある。)について以下検討する。

二 賃金実態を把握するための資料について

被告の賃金実態の把握を主たる立証趣旨として、本件訴訟において提出された証拠は、大部分が原告ら提出にかかる証拠であるところ、これら証拠の証拠力に関していえば、本来、被告従業員の処遇実態は、これを統一的に管理する被告において最もよく把握できるものであり、かつ本件訴訟における賃金実態の解明が本件訴訟の重要な争点となっているのであるから、被告は自ら進んでこれを開示すべきであり、かつ開示することは容易であった筈である。しかるに被告は、従業員の人事管理上重大な弊害が生じるおそれがある等として、当裁判所の釈明準備命令にも従わず、訴訟の最終段階において後記一部の資料を証拠として提出した他は、全くその資料を提出しなかったものである。このような事情は、これまでに提出された賃金実態把握のための関係資料の証拠力の判断においても斟酌されなければならないというべきである。

このような観点からみた場合、原告ら提出の賃金実態把握のための資料のうち、少なくとも、賃金等関係データの数値及び統計上の基礎として利用された中電労組作成にかかる関係資料は、右作成の目的が、賃金交渉その他の労使交渉ないし組合活動に資するためのものと言えること、またその調査対象も、一般従業員のほぼ全員に及んでいると認められること等に照らすと、賃金実態把握のための証拠として信頼するに足りるものであるといえ、またその他の原告ら独自に調査した資料についても、その数値上の基になる資料については、被告作成にかかるもの或いはその他客観的なデータに基づくものと認められるから、これらの資料を基礎資料として、賃金実態を認定、判断することは、十分に可能でありかつ相当なことであるというべきである。

三 右関係資料等から認められる賃金実態<一部省略>

別紙6の4記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 中電労組作成の賃金実態関係資料から認められる賃金実態

中電労組は、ほぼ毎年度被告従業員(組合員)の賃金実態を調査して組合員に報告していた(以下、これら資料を「中電労組作成の賃金実態資料」ということがある。)が、昭和四八年度及び同四九年度の二か年については、被告従業員の賃金の実態を統計的に把握してこれをグラフ化する等して分析したことがあった。

すなわち、中電労組は、「賃金実態調査―私達の賃金は―四八年度」と題する冊子(甲第九〇一号証)及び「昭和四九年度―賃金実態調査特集号」と題する同五〇年一月号月報(甲第九〇二号証)において、同四八年度及び同四九年度における被告従業員の賃金実態について、中電労組組合員を対象に調査の上、これを統計的に分析、把握するとともに他の電力会社の実態と比較、対照する等してその結果を報告している。中電労組は、これらの資料のいずれにおいても、統計、分析上の基礎的指標を学歴、年齢、勤続年数、性に置き、被告の賃金実態の分析、把握を試みていることが認められるが、その際中電労組が、このような属人的要素を指標としたのは、被告の賃金実態を知る上でこれが最適な手法と判断した結果であると推認される。

そして右甲第九〇一、九〇二号証の資料中には、収集されたデータを基に学歴別、年齢別、勤続年数別、性別或いは職級別の平均基本給・平均基準賃金の分布状況等がグラフによって示されているが、これらグラフからは、平均基本給・平均基準賃金において、学歴、性による格差の存在が見て取れるし、勤続年数に応じて右平均賃金が上昇している状況等も把握することができる。また、職級と学歴、勤続年数との関係についても、勤続年数に従って次第に職級が上昇するが、勤続年数が経過するに従って職級のばらつきが大きくなるという傾向が認められる。

2 原告ら作成の賃金実態関係資料から認められる賃金実態

(一) 被告従業員の経年的平均基本給の推移

(1) 原告らと同期・同学歴入社者のうち、高卒男子について、昭和三九年度から同五八年度までの平均基本給の推移を一覧表にした甲第九七三号証及びこれをグラフ化した甲第九五四号証、並びに同じく中卒男子について、同期間の平均基本給の推移を一覧表にした甲第九七四号証及びこれをグラフ化した甲第九五五号証によって、被告従業員の経年的な平均基本給の推移の状況を学歴別・入社年度別に概観すると、①ある年度の入社者の基本給は、勤続年数を経るに従って次第に上昇し、降下することがないこと、②特定年度をみると、古い入社者が高く新しい入社者は低く、これが逆転することがない、という傾向を把握することができる。

そして、右①については、別表2「賃金格差一覧表」中の「基本給」欄中の「同期者」欄(B)の金額(これが同期・同学歴入社者の平均基本給額を示すことについては、前記争いのない事実等記載のとおりである。)の経年的推移からも明らかであるといえる。

(2) ところで、原告らは、右①及び②の傾向をもって、被告の賃金が年功序列的実態にあることを示す有力な根拠であると主張するが、被告の人事・賃金制度においては、基本給は前年度の基本給に当年度の昇給額を加算する、いわゆる昇給額管理方式を採用しており、従って降給することがないことは前記認定のとおりであるから、右①は、被告の人事・賃金制度がその建前どおり運用されていたとしても当然生じる傾向というほかなく、したがってこのような傾向が認められるからといって、直ちに被告の賃金実態が年功序列的であるとまではいえない。なお右②の点については後記において更にその後の経過について認定、判断するとおりである。

(二) 同期・同学歴入社者の基本給の分布状態

(1) 統計学的手法による基本給等の分布状態の分析について

原告らは、被告従業員の賃金実態が年功序列的に運用されていることを証するものとして、原告らと同期・同学歴入社者の基本給の分布状態を統計学的手法を用いて分析することが有意であると主張し、これに対し被告は、原告ら主張の右分析が無意味である旨反論するけれども、原告らが主張し、当裁判所が以下に認定した各手法自体は、いずれも統計学に基づく分析手法として固有の意義を有するものであると認められるし、右手法の統計学的な意味に照らして、被告従業員の賃金実態の全体的かつ大まかな傾向や経年的変化を把握するために有意なものを含んでいるというべきである。

もっとも、これらの分析の基礎となるデータが、被告の賃金制度という人為的な枠の中で設定されるということも又明らかであるから、これらの手法による分析の結果から直ちに統計学的な結論を本件に当てはめることができるかについては、事柄の性質に応じて慎重に決せられるべきである。そこで右の観点を踏まえ以下検討する。

① 標準偏差

標準偏差は、統計学上の概念であるが、量的データの散布度を表わす統計測度であり、各データの平均値からの隔たり(偏差)に関係した測度であり、これが小さければ、個々のデータが平均値の回りに凝縮していることを示し、大きければ、個々のデータは平均値から拡散していることを示すというものである。

そして標準偏差を基に、データ数の分布の範囲も統計学上の計算により、長方形分布、三角形分布、正規分布などの形を持つことになるが、理論上、この形で約六〇ないし七〇%のデータが平均値からプラス・マイナス一標準偏差(σ)離れた範囲内にあり(正規分布の場合約68.3%)、約九五%のデータはプラス・マイナス二標準偏差(σ)離れた範囲内にあり(正規分布の場合95.4%)、プラス・マイナス三標準偏差(σ)以上離れたデータは殆どないと一般にされている。

② 変動係数

変動係数も統計学上の概念であるが、これは、標準偏差の平均値に対する相対的な大きさを知るために用いられる数値、換言すれば、標準偏差が平均値に対してどれだけの割合を占めているかを示す数値である。

絶対数で表される標準偏差は、平均値の増減によって変化するため、データの分布状態が集中しているか分散しているかを直接示すことはできないが、変動係数は割合で表わされるから、異なった時点における標準偏差や分布状態の散らばりの度合いを比較するために意味のある分析手法であるといえ、この値が小さい場合には、各データが比較的平均値に集中しており、逆にこれが大きい場合には、各データが比較的平均値から分散化しているということが一般論としていえる。

③ 標準偏差と変動係数との関係

本件のように、基本給を基本データとし、異なる時点で比較した場合、右①及び②で示された両概念の意味内容から、両者の関係としては、概括的にいって、

ア 平均基本給が一定である場合には、標準偏差が大きくなれば変動係数は大きくなる

イ 標準偏差が一定であった場合には、平均基本給が高くなれば変動係数は小さくなる

ウ 変動係数が年々大きくなるには、標準偏差の増える率が平均基本給の増える率よりも大きくならなければならない

ということが理論的に導かれることとなり、例えば、同期・同学歴入社者全員が、同一額の昇給をした場合には、変動係数が小さくなるといえる。

ところで、原告らは、賃金額の決定につき、能力の要素を重視すれば、基本給分布状態のばらつきが大きくなるとして、異なる時点における変動係数を比較して、これが小さくなれば、年功序列的傾向を強めたもの、逆に大きくなれば、能力主義を強めたものと理解できる旨主張する。

確かに純理論的にはこのような傾向が把握できるともいえるが、実際には、被告主張のとおり、変動係数は、毎年の昇給額の大きさや昇給額の配分の仕方等によって変化すると認められることからすると、異なる時点での変動係数の増減を単純に比較、検討して、変動係数が相対的に小さくなっているとの結論を得たからといって、その結果のみから右のように理解することができるとは言い難いのであって、むしろ、右変動係数の経年的変化の原因が、被告の人事・賃金制度の改定にあり、しかもそれが年功的要素が重視された改定であるというような場合に初めて年功序列的傾向を強めたと認められる性質のものであるというべきである。

もっとも、変動係数が、各データの平均値からの分散状態を比較的よく示すものであることは否定できないのであり、この点に留意する必要がある。

(2) 原告らが行った基本給分布状態の分析について

① 昭和四一年度の基本給分布状態

原告らは、中電労組作成にかかる甲第九五六号証(昭和四一年度賃金実態調査結果特集号)に掲げられた数値を基礎資料として、高卒昭和三一年入社者、同三〇年入社者、同二三年入社者の、同四一年度における基本給分布状態を棒グラフ化した資料(甲第九七五ないし九七七号証)を作成した。

右甲第九五六号証に示されている同期・同学歴入社者男子の平均基本給と中位老(二分の一分位数に該当する者)の基本給を対比すると、両者は近似した値になっていることが認められ、しかも、右棒グラフは、いずれも平均基本給ないし中位者の基本給の所属する部分を中心として、その上下両方にほぼ均等に分散していくといういわゆる正規分布的な状態となっていることが認められる。

もっとも、右男子の平均基本給と中位者の基本給の値は、勤続年数二〇年位を経過すると徐々に乖離し、次第にその格差は拡大していっていることが認められる。

また、原告らは、同じく甲第九五六号証に示された、中卒者、高卒者別の勤続別基本給分布の数値を基礎資料として、昭和四一年度における標準偏差と変動係数等を計算した結果の一覧表を作成している(高卒者について甲第九七九号証の二、中卒者について甲第九八一号証)。

右一覧表によれば、高卒者についてみた場合、例えば、昭和三一年入社者(当時勤続一〇年の者)の平均基本給は三万二四三九円、標準偏差が一二七八円、変動係数が3.9%となることが認められ、また、同二三年入社者(当時勤続一八年の者)の平均基本給は、四万五一三七円、標準偏差が三一七四円、変動係数が7.03%となっていることが認められる。

また、中卒者についてみると、例えば、昭和三〇年入社者(当時勤続一一年の者)の平均基本給二万七二九〇円、標準偏差一〇一三円、変動係数3.71%であり、同二三年入社者(当時勤続一八年の者)の平均基本給三万七一六二円、標準偏差二九二三円、変動係数7.87%となっていることが認められる。

そして、その他の年度の入社者をみても、高卒、中卒者ともに、多少のずれはあるものの、総じて、入社年次の新しい者(勤続年数の短い者)は標準偏差、変動係数ともに小さく、入社年次が古く勤続年数が長くなるにつれて、標準偏差、変動係数ともに大きくなる傾向が見て取れる。

右高卒昭和三一年入社者(当時勤続一〇年の者)については、その基本給分布状態が完全な正規分布であるとすると、理論的には、基本給額三万三七一七円(プラス1σ)から三万一一六一円(マイナス1σ)の約二五〇〇円の間に、すなわち平均基本給との対比でいうと7.88%の間に約六八%の従業員が分布し、三万四九九五円(プラス2σ)から二万九八八三円(マイナス2σ)の約五〇〇〇円の間に、すなわち平均基本給との対比で15.76%の間に約九五%の従業員が集中していることとなり、実際の分布状態をみてもそれに近似するものと認めることができる。このように、同四一年頃の勤続別基本給の分布状況を見ると、高卒・中卒者を問わず、平均基本給を中心として集中的に分布しているということができるが、入杜年次が古い者ほど、分散化傾向が進んでいるという傾向があり、他の年度の入社者についてもほぼ同様の状態にあるということができる。

② 昭和四八年度における分布

さらに、原告らは、中電労組作成にかかる前記甲第九〇一号証を基礎資料として、昭和四八年度における学歴別・入社年度別の平均基本給、標準偏差(これは右甲第九〇一号証において中電労組自身が計算した結果を引用したものである。)、変動係数等を示す一覧表を作成して分析している(高卒者について甲第九八四号証、中卒者について甲第九八六号証)。

右資料によれば、例えば、高卒三八年入社者(当時勤続一〇年の者)の平均基本給は六万九一一九円、標準偏差は一七二一円、変動係数2.49%であり、これは同じく理論的には、七万〇八四〇円(プラス1σ)から六万七三九八円(マイナス1σ)の約三四〇〇円の間に、すなわち平均基本給との対比でいうと約五%の間に約六八%の従業員が分布し、七万二五六一円(プラス2σ)から六万五六七七円(マイナス2σ)の約六九〇〇円の間に、すなわち平均基本給との対比で約一〇%の間に約九五%の従業員が集中的に分布していることになる。

また、その他の年度の入社者をみても、前記昭和四一年度の分析と同様、高卒・中卒者ともに多少のずれはあるものの、総じて、入社年次の新しい者(勤続年数の短い者)は標準偏差、変動係数ともに小さく、入社年次が古く勤続年数が長くなるにつれて、標準偏差、変動係数ともに大きくなる傾向が見て取れるが、変動係数についていえば、勤続二〇年までの間で最も大きな変動係数でも四%を越えることがなく、このことは、理論的には、平均基本給の上下約一六%以内の間に九五%の従業員の基本給が集中的に分布していることとなり、四一年度と対比すると、顕著な差といえる。

もっとも、この点については、被告が主張するように、昭和四〇年代における毎年の初任給の大幅な上昇や、従業員全体の賃金水準を底上げする一律的で大幅なベース・アップがあったこと(このことは原告ら提出の中電労組作成の各年度別の賃金実態資料等によって窺われるところである。)からすれば、必然的に変動係数は小さくなるといわざるを得ないから、右変動係数が小さくなったことのみをもって、被告の賃金実態が年功序列的傾向を強めたものとまで認めることはできない。

とはいえ、前記のとおり、変動係数が、各データの平均値からの分散状態を比較的よく示すものであることからすれば、昭和四八年度の基本給分布が同四一年度に比較して相対的に集中化しているとの傾向は、これを優に認めることができるのである。

(3) 基本給分布状態の経年的推移

原告らは、前記中電労組作成の賃金実態資料に基づき、昭和三九年度ないし同四八年度における、原告らと同期・同学歴入社者の学歴別、入社年度別の基本給分布状態の推移を二〇〇〇円刻みないし一〇〇〇円刻みで示すグラフを作成しているが(甲第一〇九三号証の四の一ないし二一)、これによれば、全体的な基本給分布の状態としては、どの学歴・入社年度をとってみても、勤続年数が短い期間においては、二〇〇〇円刻みで、殆ど幅のない状態で、平均基本給を中心に極めて集中した分布状態であり、その後も平均基本給付近に集中的に分布した状態が続くが、徐々に平均基本給を中心としてその前後に階層的にばらついて、いわゆる山をなす状態として分布し、右集中化は、勤続年数が経過すると次第に分散して、平均基本給を中心としつつも平準化し、分布の幅も徐々に拡大していく様子が見て取れるが、学歴別に見ると、同じ勤続年数であっても、高卒者の方が中卒者に比べて、平準化の程度も分布の幅の広がり具合もいずれも相対的に大きくなる傾向が存するといえる。

たとえば、右甲号各証の中で最も勤続年数が経過した時点のものである昭和二三年高卒入社者の同四八年度における分布状態を見ると、やはりほぼ平均基本給(前記甲第九七三号証によれば一〇万六六三四円、争いのない事実等としても一〇万五七六六円)を中心として山をなす分布状態であるとは認められるものの、基本給の幅で約一二万八〇〇〇円から約八万二〇〇〇円の間に分散しており、その最頻値は、一〇万六〇〇〇円ないし一〇万八〇〇〇円の間に属する二三名であるが、その前後二〇〇〇円刻みの幅にそれぞれ二一名が分布し、さらにその前後にも二〇名近くの者が分布する幅があることからして、ある程度平準化しているといわざるをえないが、昭和二三年中卒入社者の同四八年度における分布状態は、同じく基本給分布の幅が拡大し、ある程度平準化が進んでいるとは認められるものの、基本給の幅で約七万〇〇〇〇円から、約一〇万四〇〇〇円の間に分散しており、その程度は右高卒者に比べて比較的狭く、また最頻値に属する人員とその前後の二〇〇〇円刻みの幅に属する人員も高卒者に比べれば、平準化が進んでいないと認められる。

右甲号証で、同一入社年度高卒・中卒者の比較が可能な、昭和三四年度、同三五年度及び三七年度入社者の、同四八年度の各分布を学歴別に比較しても、ほぼ同様の傾向が認められる。

(三) 職級在籍分布の状態

原告らは、基本給の分布に加えて、職級在籍分布(一部後期職階制に関する部分については職階在籍分布も含む、以下まとめて「職級在籍分布」という。)の実態について、まず第一に主として昭和三九年度ないし同五五年度の職級分布状態を、さらに同五二年度ないし平成五年度の職級分布状態をそれぞれ調査、分析している。被告における賃金額決定において昭和三九年度までは職階が、また同四〇年度以降は職級が重要な要素となっていることは前記のとおりであり、したがって職級分布の状態を調査、分析することは、被告の賃金実態を把握する上で、基本的に有意であるといえる。そこで、以下この点について判断する。

(1) 昭和三九年度ないし同五五年度の職級分布状態

この点に関する基礎資料としては、基本給分布実態の調査と同様、中電労組作成の賃金実態資料等によるほかないが、昭和四四年度ないし同四七年度については、当該資料がないため、同期・同学歴入社者の職級分布状態は不明である。

① 昭和五五年度における勤続年数別の職級在籍分布

原告らは、昭和五五年度における入社年度別(勤続年数別)の職級在籍分布実態について学歴別にグラフ化しているが(同二三年ないし同四〇年高卒入社者について甲第九九七号証、同二三年ないし三七年中卒入社者について甲第九九八号証)、右各グラフによれば、高卒・中卒者ともに、入社年次の新しい者(勤続年数の短い者)ほど低い職級に格付けされ、それが入社年次の古い者(勤続年数の長い者)になるに従って、次第に高位の職級に上昇していく様子が見て取れる。また、入社年次の新しい者は、その格付けされた比較的低い職級に集中的に在籍しているが、勤続年数の経過に従って、次第に在籍する職級が分散化し始め、また、集中的に格付けされている職級が目立たなくなり比較的平準化していくことも見受けられる。そして、右分散化の度合いや平準化は、中卒入社者に比較して高卒入社者において顕著である。また、中卒者については勤続年数が経過しても比較的一定の職級(主任級)に集中している傾向が存する。

② 入社年度(勤続年数)別の経年的職級在籍分布の実態

甲第一〇五一号証の一に記載の方法によって、中電労組作成の賃金実態資料を基に、昭和三九年ないし同五五年までの高卒・中卒別の同期・同学歴入社者の入社年度別の職級在籍状態を調査した資料(甲第一〇五一号証の二)及びこれをグラフ化したもの(甲第一〇五一号証の三の一ないし二一)によれば、経年的な職級在籍分布について次のような傾向を認めることができる。

ア 全体的な傾向

右関係資料によれば、被告従業員の右期間の職級在籍分布の全体的な傾向としては、前記昭和五五年度の学歴別・勤続年数別における職級在籍分布と同様、同期・同学歴入社者は、勤続年数が経過するに従って、次第に上位の職級に進級し、勤続年数が比較的短い間は殆どの者が、同一職級に格付けされているが、勤続年数が経過するに従って、中位職級ないし最頻職級を中心に山をなす形で推移しつつも、次第に職級が上下に分散化する傾向にあり、例えば昭和二三年高卒入社者についてみれば、同四三年度においては五段階に分散していたのが、同四八年度においては、八級ないし六級の三つの職級に殆どの者が格付けされているという実態は認められるものの、職級の分布は、一〇級ないし三級までの八段階に及んでいることが認められる。なお、右資料(甲第一〇五一号証の三の一)では、昭和四九年以降分散化が収束しているようにも見受けられるが、これは、後記昭和五二年度ないし平成五年度までの職級分布に関する認定のとおり、特別役付職の職級に格付けされる者がこのころから出現し始めるためであり、右資料の基礎が中電労組作成の賃金実態資料であって非組合員たる特別役付職者の実態を把握していないためであることは明らかであり、右分散化の傾向は、後記のとおりむしろより一層進行しているというべきである。

そして、高卒入社者と比べれば、中卒入社者の職級在籍分布の状況は、分散化の傾向が相対的に緩やかであり、また比較的長期の勤続年数に及ぶまで、中位職級を中心に山をなして分布する状態も顕著に認められる。

イ 進級時期の実態について

ⅰ 同期・同学歴入社者の進級の時期について

右職級在籍分布に関する実態資料によれば、例えば、職級が一つ進級する場合、同期・同学歴入社者の間で、二年ないし三年程度の差が生じるけれども、多くの同期・同学歴入社者が比較的短期間に進級する傾向にあるが、職級が上位になるに従って右傾向は崩れ、進級時期に差が広がってくることが認められる。具体的には以下のとおりである。

ⅱ 入社年度別の進級開始時期について

右関係資料のほか、昭和五二年ないし同五五年度の間における高卒者の各職級への任用と勤続年数との関係を調査整理した甲第九八七号証によれば、同五二年度ないし同五五年度の間においてみた場合、勤続二年から七年までは全員が社員二級であり、勤続八年(入社九年目)に始めて社員一級に進級するものが現われ、勤続九年(同一〇年目)になると社員一級の者が同期入社者の中で最多数を占め、勤続一四年(同一五年目)で主任級への進級が開始され、勤続一六年(同一七年目)になると同期入社者の中で主任級の者が最多数になることが認められる。係長(係長三級)への進級開始時期は、勤続一八年(同一九年目)から二〇年(同二一年目)の間で多少ばらつきが生じ始めるが、同期入社者の中で係長三級の者が最多数になる時期はいずれも勤続二三年(同二四年目)であることも認められる。

また、中卒者についても、前記甲第九八七号証と同様に中卒者について各職級への任用と勤続年数との関係を調査整理した甲第一〇九二号証や、昭和三三年度及び同三四年度中卒入社者の同五二年度ないし同五九年度における主任級への進級実態を調査した甲第一〇九四号証の一及びこれをグラフ化した同号証の二及び三を総合すれば、同五二年度ないし同五五年度の間における中卒者の進級実態は、右にみた高卒者の場合に比べて、主任級への進級時期までについては一年程度のバラ付きがあるもののほぼ同一であるが、主任級が同期入社者の中で最多数になる時点は、勤続二二年(同二三年目)ないし二九年(同三〇年目)という幅があり、また係長(係長三級)への進級開始は、勤続二三年(同二四年目)ないし二七年(同二八年目)というように幅がある。

③ 進級比率の分析等

原告らは、さらに中電労組作成の賃金実態資料等を基に、学歴別に、高卒者について昭和五二年度ないし同五五年度における同期入社者中に占める主任級又は係長級への進級比率を、中卒者について同五二年度ないし五九年度における主任級比率をそれぞれ調査、分析しているが、その状況は次のとおりである。

ア 高卒入社者の主任級進級の比率について

昭和三二年ないし同四〇年高卒入社者の同五二年度ないし同五五年度における主任級以上の者の比率を調査、分析した結果を示す甲第一〇〇三号証ないし第一〇〇六号証を総合すれば、勤続一四年(入社一五年目)で四%ないし五%程度の者について主任級への進級が開始され、その後毎年、各入社年度ともに同程度の比率で主任級進級者が増加し、勤続一七年(同一八年目)までに九〇%以上の者が主任級以上に進級し、その後は一%未満の比率で主任級に進級する者はあるものの、勤続一七年(同一八年目)とほぼ同程度の比率で進級し、勤続二一年(同二二年目)となっても数%程度の者が主任級に進級しないままにあることが認められ、これによれば、ほぼ勤続年数に従った進級割合があるとの傾向を把握することができる。

イ 中卒入社者の主任級進級の比率について

昭和三三年度及び同三四年度中卒入社者の、同五二年度ないし同五九年度の間における主任級進級の実態及びその同期・同学歴入社者に対する比率を調査した資料(甲第一〇九四号証の一ないし三)によれば、同三三年入社者については、同五三年度(勤続二〇年、入社二一年目)に主任級への進級が開始され、その後毎年順次進級し、同五七年度(勤続二四年、同二五年目)には95.2%、同五八年度(勤続二五年、同二六年目)には、原告小池渡を除いた全員約98.4%の者が主任級に進級していることが認められ、また同三四年入社者については、同五二年度(勤続一八年、同一九年目)に主任級への進級が開始し、同じく順次進級し、同五八年度(勤続二四年、同二五年目)までに、原告久野劍治他三名を除いた約94.7%の者が主任級に進級していることがそれぞれ認められる。

ウ 高卒入社者の係長進級の比率について

ⅰ 昭和二七年ないし同三五年高卒入社者の同五二年度ないし同五五年度における係長級への進級比率を調査した結果である甲第一〇九五号証の一ないし三によれば、各入社年度によって多少のばらつきはあるものの、勤続一八年(入社一九年目)ないし二一年(同二二年目)で係長への進級が開始され、勤続二三年(同二四年目)位には半数以上の者が係長へ進級し、勤続二五年(同二六年目)ないし二七年(同二八年目)位には八割以上の者が係長へ進級していることが認められる。

ⅱ もっとも、右資料にいう「係長」は、(係長)三級ないし一級の三段階の職級をひとまとめにしてその比率を分析しているところ、右資料の元資料となった中電労組作成の賃金実態資料によれば、勤続二三年(同二四年目)ないし二五年(同二六年目)位で(係長)二級への、また勤続二五年(同二六年目)ないし二八年(同二九年目)位で(係長)一級へのそれぞれ進級が開始することが窺われ、また、右中電労組作成の賃金実態資料に現れない特別役付職相当の職級に進級している者の存在を考え併せると、一口に「係長」といっても、その職級ごとの進級状況は年度を追ってばらついており、その職級ごとの比率も右甲第一〇九五号証の一ないし三から読みとれるほど大きくならないのが実態であろうと思われる。

④ 原告ら主張の「相関係数」について

原告らは、職級分布に関しても、統計学的手法として、勤続年数と職級との間の相関係数を求め、その結果、右両者には強い相関関係があり、また、昭和四一年度よりも同四八年度の方が相関係数が大きいことから、職級に関しても年功序列的に運用されており、しかもそれが強化されていることは明らかである等と主張する。

確かに、関係各書証によれば、原告らは、中電労組作成の賃金実態資料を基に、統計学的手法に基づいて相関係数を求め、その結果が、ほぼ原告ら主張のとおりであること、被告が中電労組作成の賃金実態資料に基づくデータによって、他年度の相関係数を求めることによって行った反証の結果によっても、右原告らの立証から導かれる結論を基本的には覆すには至っていないことが認められる。

もっとも、被告の人事・賃金制度においては、同期・同学歴入社者は、入社後まず、同一の職級を付与され、その後の進級は一段階ずつ行われ、一ランク上位の職級に飛び越して進級することはなく、また降級は一般的にないという制度を採用していることは、前記認定のとおりであり、このような制度の下では、仮に能力を中心に人事上の処遇すなわちこの場合でいえば職級の付与ないし進級を決定したとしても、勤続年数と進級との間に強い相関関係があることは当然であるというべきであって、統計学上強い相関関係を認めることができる係数が示されたからといって、直ちに統計学が一般的に想定する分析対象と同様の結論を認めてよいかは疑問の残るところである。しかも、原告ら主張の相関係数による分析を、標準者概念を肯定しうるか否かといった見地からみた場合、前記認定の標準偏差及び変動係数等による分析に比較すれば、その関連性は低いものと言わざるを得ないから、これをもって被告の賃金が年功序列的実態にあることの証左であるかのようにいう原告らの主張は直ちに採用することはできない。

(2) 昭和五二年度ないし平成五年度までの職級分布

原告らは、さらに、昭和二三年、同二七年、同二九年、同三一年並びに同三三年高卒入社者及び同三三年中卒入社者の同五二年度ないし平成五年度における職級分布を調査、分析した。

これは、中電労組作成の賃金実態資料を基礎資料とするものではなく、右各年度入社者を特定した上、社員名簿、中部電力新聞の人事異動の記載等を基に、右各入社者ごとに、その付与されている職級や進級状況等を追跡調査したもので、その方法等は原告ら主張のとおりであることが認められる。

右調査結果をグラフ化する等して昭和五二年度ないし平成五年度までの右各年度入社者の右期間の職級分布状態を分析した結果は以下のとおりである。

① 職級分布グラフ(甲第一四〇二ないし一四〇七号証)

右調査結果に基づいて、右各年度入社者別に、昭和五二年(同三三年度中卒入社者については、同五四年度)から、平成五年度(それまでに定年退職となる昭和二三年度高卒入社者については、退職年度たる平成元年度)までの職級分布を二年ごとにグラフ化した甲第一四〇二ないし一四〇七号証によれば、勤続年数が増えるに従って、同期・同学歴入社者の格付けされる職級が次第に上位の職級になる傾向が認められる。

もっとも、高卒入社者については、勤続年数の経過とともに、在籍する職級のばらつきが大きくなり、特別役付職相当の複数の職級から一般職の四級ないし五級まで幅広く在籍するなど職級の分散化傾向が顕著に認められる。

また、最頻職級に格付けされている者の同期・同学歴入社者における割合も相対的に低下し、勤続年数を経るに従ってその傾向は顕著になり、同じく勤続年数を経るに従って、同期・同学歴入社者における中位職級(前記争いのない事実等記載のとおり)と最頻職級(当該年度で同期・同学歴入社者のうち、最も多くの者が格付けされている職級)とが異なる個所が散見されるようになる。

そして、右のような傾向は高卒入社者において顕著であり、昭和三三年度中卒入社者については、勤続年数が経過しても、職級のばらつきは一級ないし四級と比較的少なく、また中位職級と最頻職級とは右グラフを見る限り常に一致し、中位職級を中心に山をなす状況は崩れないことが認められるものの、やはり勤続年数を経過するにつれて、次第に中位職級に格付けされている者の同期・同学歴入社者における割合は次第に低下し、その前後の職級に格付けされる者の割合が次第に高くなる傾向はやはり認められる。

なお、被告が、原告らの右調査結果に基づく職級在籍人員を基に、職級を乙第二一四六号証のとおり数値化した上、標準偏差を求めた結果を示す標準偏差推移グラフ(乙第二一四七号証)によれば、昭和五二年度ないし平成五年度の間における右各入社年度の高卒者間の職級の標準偏差は、勤続年数を経過するに従って次第に収れんしていることが認められる。

また、被告は、原告らの調査結果に基づき、昭和三一年度高卒入社者の同五二年度ないし平成五年度における職級別の人員比率を一覧表(乙第二一五〇号証の一)にした上、職級推移グラフ(同号証の二)を作成している。これによれば、やはり勤続年数が経過するに従って、最も多くの者が格付けされる職級はより上位の職級に移るが、その比率は上位職級となるに従って相対的に低下し、また上位職級が割合的に多くなる時期になってもそれより下位の職級に在籍したままの者が相当程度存在し、職級分布が次第に分散化する傾向にあることが認められる。

② 職能区分比率推移グラフ(甲第一四〇八ないし一四一三号証)

被告の組織管理規程にある職能区分すなわち特別役付職、一般役付職、準役付職及び一般職員の区分ごとに、右職級分布グラフの対象年度と同様の範囲で、右各学歴及び入社年度者ごとに、職能区分人員分布を一覧表にし、また右一覧表に基づき職能区分人員比率の経年的推移をグラフ化した甲第一四〇八ないし一四一三号証によれば、当然のことながら、勤続年数を経るに従って、上位の職能に格付けされる者の割合が次第に高くなる傾向が認められるが、ただ、職能が上位になるに従って、当該職能に格付けされている者が同期・同学歴入社者中に占める割合の最大値自体は次第に低下することが認められる。

そして、右グラフのみから判断すれば、高卒入社者については、遅くとも勤続三四年(入社三五年目)ないし三五年(同三六年目)頃からは、各職能ともほぼ一定の割合で推移し、殆ど変化が認められなくなる。

③ 勤続年数別職能区分比率推移グラフ(甲第一四一四、一四一五号証)

中電労組作成の賃金実態資料に基づいて、高卒入社者の勤続一三年(入社一四年目)から二二年(同二三年目)までの各職能区分別の人員分布を調査し、勤続年数の経過による各職能区分別人員比率の推移をグラフ化した甲第一四一五号証、及び右甲第一四一〇号証ないし一四一二号証から昭和二九年度、同三一年度、同三三年度高卒入社者の職能区分別人員数等を勤続年数別に集計し、勤続一九年(同二〇年目)ないし三五年(同三六年目)までについて、甲第一四一五号証と同様にグラフ化した甲第一四一四号証によれば、勤続年数が比較的短い時期である一三年では同期・同学歴入社者中の一般職の割合は一〇〇%であるが、その後勤続年数が経過するに従って、準役付職が九〇%以上を占めるようになり、次いで一般役付職、特別役付職というように、より上位の職能に格付けされる者の割合が勤続年数の経過とともに、最大となる傾向が認められる。もっとも、各職能が最大の割合となる場合でも、一般役付職では八〇%台を推移し、特別役付職では六〇%に達しないなど、準役付職、一般役付職、特別役付職というように上位の職能となるに従って、同期・同学歴入社者に占める割合の最大値は相対的に低くなるものと認められる。

また、準役付職は勤続二〇年(同二一年目)位から同期・同学歴入社者中に占める割合が急激に低下するが、勤続二六年(同二七年目)位からはほぼ一〇%程度で勤続三五年(同三六年目)まで推移していることが認められる。

④ なお、右甲第一四〇八号証ないし一四一二号証、第一三二九号証ないし一三三三号証の各一によれば、高卒入社者の特別役付職への進級は最も早い者で勤続二五年(入社二六年目)であり、その余は概ね勤続二九年(同三〇年目)頃であることが認められる。

3 被告の反証

被告は、前記のとおり、本件訴訟の重要な争点である賃金実態について、従業員の人事管理上重大な弊害が生じるおそれがある等として、手持ちの資料を開示しなかったのであるが、訴訟の最終段階において、賃金実態にかかる資料として、以下のとおり、被告が把握しているデータの一部を証拠として提出し、中電労組作成の賃金実態資料や原告らの調査結果を基にして原告らとは異なる分析をするなどした。そこで、右資料、データや、被告の分析等について判断を進める。

(一) 定年退職者の基本給分布等について

被告が提出した乙第一七一三号証ないし第一七一五号証(平成二年度から同五年度にかけて被告を定年退職した、昭和二三年、同二四年及び同二六年高卒入社者の平成二年三月末すなわち平成元年度末の基本給分布状態を一〇〇円未満を切り捨てて、五〇〇〇円刻みで示した資料)、及び乙第二一一四号証(平成六年度に被告を定年退職した昭和二七年高卒入社者の平成五年三月末すなわち平成四年度末の基本給分布状態を同様に示した資料)によれば、被告従業員の賃金実態について、以下の各事実を認めることができる。

(1) 同期・同学歴入社者の基本給のバラツキ(幅)について

昭和二三年高卒入社者(男子)の平成二年三月末時点の基本給分布には、「二二万〇〇〇〇円から二二万四九〇〇円まで」のゾーンから「三六万五〇〇〇円から三六万九九〇〇円まで」のゾーンまで、およそ一四万〇一〇〇円に及ぶバラツキ(幅)が存在する。

また、右の者の同年度の平均基本給三〇万五〇〇一円の属するゾーンは「三〇万五〇〇〇円から三〇万九九〇〇円まで」に該当するところ、このゾーンに属する者は、同期・同学歴入社者二三七名のうち一八名、率にして八%足らずであって、その他の二一九名、九二%以上の者は、平均基本給から最低基本給及び最高基本給までの間に階層的に分布している。

また、昭和二四年、同二六年及び同二七年高卒入社者の右各年度における基本給分布についてもほぼ同様の傾向が見受けられ、例えば、同二四年入社者についてはおよそ一四万五一〇〇円の、同二六年入社者についてはおよそ九万五一〇〇円の、同二七年入社者についてはおよそ一一万五一〇〇円のバラツキ(幅)が認められ、また、右各高卒入社者の平均基本給のゾーンに属する者の同期・同学歴入社者全体に占める割合は、それぞれ、一〇%、一二%、八%足らずであり、右以外の者が、平均基本給から最低基本給及び最高基本給までの間に階層的に分布していることが認められる。

そして、右各入社年次ともに、ゾーン別の分布状態において顕著なピークすなわち比較的多くの者が処遇されていると認められるゾーンを見いだすことは困難であり、グラフの全体的傾向をみても、いわゆる正規分布的な分布ではなく、各ゾーンに比較的分散していることが認められる。

(2) 基本給の追い越しについて

昭和二六年高卒入社者の平成元年度末における平均基本給は三〇万八六〇〇円であるところ、同二四年高卒入社者の基本給分布を示す乙第一七一四号証に右平均基本給を当てはめれば、同書証の「三〇万五〇〇〇円から三〇万九九〇〇円まで」のゾーンに属することとなる。しがって、同二六年高卒入社者で右平均基本給を受けている者がいるとすれば、その者は、二年先輩である同二四年高卒入社者一二一名のうち、少なくとも「三〇万〇〇〇〇円から三〇万四九〇〇円まで」のゾーン以下の者、すなわち、人数で六四名、率にして五二%の者を基本給の額において追い越していることになることが認められる。

同様に、昭和二三年高卒入社者との関係においても、右平均基本給を同二三年高卒入社者の基本給分布を示す乙第一七一三号証に当てはめれば、同二六年高卒入社者で平均基本給を受けている者がいるとすれば、その者は、三年先輩である同二三年高卒入社者二三七名のうち、少なくとも「三〇万〇〇〇〇円から三〇万四九〇〇円まで」のゾーン以下の者、すなわち、人数で一〇四名、率にして四三%の者を追い越していることになることが認められる。

(3) 平均基本給の逆転について

さらに、右各資料によれば、昭和二三年、同二四年及び同二六年高卒入社者の、平成元年度末における平均基本給は、それぞれ三〇万五〇〇一円、三〇万〇一三四円及び三〇万八六〇〇円であることが認められ、したがって、昭和二六年高卒入社者の平均基本給は、二年先輩の同二四年高卒入社者を八四六六円、三年先輩の同二三年高卒入社者を三五九九円それぞれ上回っていることとなる。

(二) その他の反証

被告は、右のほか被告の賃金実態が年功序列的でないことを示すものとして、右以外にも、平均基本給の逆転現象及び平均職級の逆転現象等について主張するので、さらにこの点について判断する。

(1) 原告らの在籍しない年度の平均基本給の推移

被告は、原告らが提出した中電労組作成の賃金実態資料のデータを基に、原告らが在籍しない入社年度の者の平均基本給の推移を、原告ら作成の前記甲第九五四号証(高卒男子)及び甲第九五五号証(中卒男子)のグラフ上に当てはめてグラフを作成した(高卒男子について乙第三一八号証の一、中卒男子について同号証の二)。

右乙号各証によれば、昭和二四年男子高卒入社者の平均基本給を同二六年度高卒入社者の平均基本給が同五〇年代に入って追い越していること、同二七年度中卒入社者の平均基本給を同二八年度入社者の平均基本給が同様五〇年代に入って追い越していること等が認められる。

もっとも、この点については、逆転の幅は非常に小さく、これらの基礎資料が中電労組作成の賃金実態資料であって、これは当然のことながら組合員だけのデータであり、右定年退職者の事例や後記の他の事例に比較して、基本データ自体に不正確な部分が存する可能性があること、右逆転現象の生じている年度は、いずれも入社後三〇年近く経過した段階のことであり、すでに非組合員が出現していると考えられることからすると必ずしも被告の賃金実態の特徴を左右するに足りるものではないというべきである。

(2) 昭和三三年及び同三四年度高卒入社者の平均基本給の逆転について

昭和三三年及び同三四年度高卒入社者の同六二年度ないし平成元年度における平均基本給を一覧表にした乙第一七八九号証によれば、昭和三三年及び同三四年度高卒入社者の間で、同六二年度から平成元年度までの三年間、同三四年度高卒入社者の平均基本給は一年先輩である同三三年度高卒入社者の平均基本給を上回るという逆転が発生していることが認められる。

(3) 平均職級の逆転

原告らが昭和五二年度以降の職級在籍分布について調査した結果である前記甲第一三二九号証の一(同二三年高卒入社者に関する分)及び同第一三三〇号証の一(同二七年高卒入社者に関する分)に基づいて、そこに示された職級を、乙第二一四六号証に記載のように数値に換算し、昭和二三年及び同二七年高卒入社者の同五二年度ないし平成二年度における平均職級を求め、それをグラフ化した乙第二一五一号証によれば、昭和五九年度以降、同二三年高卒入社者と同二七年高卒入社者との間で平均職級が逆転していることが認められる。<以下省略>

4 賃金実態に関して認められるその他の事実

(一) 学歴・性別による格差の存在

(1) 学歴による格差

右認定の職級在籍分布や進級状況等から明らかなように、被告においては、高卒及び中卒という学歴によって、その格付けされる職級や進級状況の実態は少なからず区別され、中卒者は比較的職級が分散化せず、団塊を形作りながら徐々に進級するものと認められ、また少なくとも本件訴訟に現れた証拠によれば、高卒者は最高で特別役付職相当の特五級ないし特一級まで進級できる実態にあるが、中卒者については一般役付職の最高職級である(係長)一級をもって進級が止まることになる実態にあるものと認められる。

(2) 性による格差

前記甲第一四〇二号証ないし一四〇五号証及び右グラフを敷衍した甲第一四一八号証ないし一四二一号証によれば、母数自体が非常に小さいものの、同期・同学歴入社者における女性従業員が格付けされている職級は、著しく下位に据え置かれていることが認められ、これは性別により人事上の処遇を決定する実態を示すものといえる。

なお、女性職種の昇給、昇格については甲第九四一号証の一ないし八(ただし、書き込み部分を除く)記載のとおり男女別テーブルが設けられ、性に基づく差別的取扱いがなされていたこと、これが決して合理的取扱いとは認められないことは、第四の一3(三)(2)に記載のとおりである。

(二) 中位職級の逆転

前に認定のとおり、原告らと同期・同学歴入社者の中位職級は、別表4「中位職級(階)推移一覧表」記載のとおりであると認められるところ、右別表によれば、入社年次の新しい年次と古い年次との間で中位職級が逆転している箇所の存することが認められる。

すなわち、①昭和二三年度、同二四年度及び同二七年度高卒入社者の同六三年度以降の中位職級はそれぞれ一級であるところ、同二九年度高卒入社者の中位職級は同六三年度以降、同三一年度並びに同三二年度高卒入社者のそれは平成元年度以降、昭和三三年度高卒入社者のそれは平成三年度以降、及び昭和三四年度高卒入社者のそれは平成二年度以降、それぞれ特五級となっており、昭和六三年度以降、入社年次の新しい者が古い年次の中位職級を上回っていること、②昭和三三年度高卒入社者と同三四年度高卒入社者の中位職級を比較すると、同六二年度及び平成二年度についてそれぞれ昭和三四年度高卒入社者の中位職級が同三三年度高卒入社者のそれを一段階上回っていることがそれぞれ認められる。

この点について、原告らは、右①の現象については、戦後一時期大量に入社するという団塊の世代をなしていた者が、ポストとの関係で進級が全体に低くなっていた結果である旨、②については、部門別、配属別による現象、すなわち昭和三三年度高卒入社者は、火力部門への配属が団塊となり、ポスト数の関係で進級が遅れたが、同三四年度高卒入社者は、火力部門への配属が右と比較して二分の一以下という比率になっていることから、職級ポスト数に相当余裕がでることになったために生じた現象である旨それぞれ主張する。

確かに、原告ら主張のとおり、被告においては、採用人員の多寡によって生じた入社年次ごとの人員構成比の顕著な差が存し、特に戦後一時期の大量採用による団塊の現象が存在することや、部門別の配転割合が入社年次によって異なり、昭和三三年度高卒入社者について、火力部門への配属が集中的になされた等の事実の存することが認められ、また部門別、団塊現象による進級問題について、中電労組としても取り上げていることが認められる。

しかし、現象として右のような中位職級の逆転が存することは否定できないところであり、これは原告らも認めるとおりポスト配分が大きな要因であることも明らかであり、被告の人事上の処遇において、特に職級が上位になるに従って、ポスト数が強く関連することを示唆するものといえる。

四 年功序列的賃金実態の存在

1  以上認定の事実を総合すれば、被告の賃金実態は次のとおりであることが認められる。

すなわち、同期・同学歴入社者の賃金等人事上の処遇は、入社時点では、学歴別に同一の基本給を与えられ、また同一の職級(職階)に格付けされることから職務調整給も同一であることから始まり、その後暫くの間は、人事考課による査定を受けずに(標準扱い)、同一の賃金(基本給及ひ職務調整給)を与えられる取扱いであるが、標準扱い期間が経過すると、人事考課による査定に基づいて徐々に賃金(基本給)に格差が付き始める。もっとも、右の格差も、基本給額に比較するとその割合は極小さく、それが年数の経過によって蓄積されるとしても、極端な格差となることはない。例えば一〇〇〇円単位で見ると、同期・同学歴入社者の基本給額は殆ど幅のない状態で分布している。

その後、進級が開始される時期となっても、職級(職階)が比較的低位である間は、大多数の者がほぼ同時に進級するため、職級(職階)によって決定される職務調整給の額にも殆ど格差のないまま推移する。

右のような運用は、高卒者、中卒者ともに、主任級(これは、職級の呼称としての「主任級」のみでなく、被告の人事制度の中で、主任としての職位を与えられる職級(職階)全てを意味する。以下同じ。)への進級が開始されるまでは同様であり、毎年度の人事考課・査定に基づく格差や、職階昇進・進級の時期のずれによる格差が、次第に大きくなり、絶対値としての賃金の格差を増大させてはいるが、大多数の者は、平均基本給及び中位職級を中心として一定の幅の中に位置付けられるという意味で、一定の団塊として平均的な処遇を受けていると認めることができる。

しかし、高卒入社者については、一般役付職への進級が開始される頃から、右のような実態と傾向は次第に薄れ始める。すなわち、結果的には大多数の者が一般役付職へ進級するけれども、進級時期に幅が生じてくること、一般役付職の中でも更に上位の職級への進級時期についてみると、たとえ同期入社者であっても、もはや右のような団塊としての進級は認められないこと、特別役付職者に至っては、そもそも進級する者が同期入社者の半数程度であり、しかもその時期は到底団塊として把握することができない程度にばらついていることが認められる。

また中卒入社者については、主任級への進級が開始された後も、その在籍期間、団塊の状況は、高卒入社者に比較すれば、より年功的な実態にあるといえるが、主任級への進級時期は、高卒者に比較するとばらついているといえるし、一般役付職への進級に至っては、比較的少数の者しか進級せず、同期入社者の標準的な処遇という観点から見ると、これを認めることはできないと言わざるをえない。

2  以上によれば、被告従業員の基本給額及び進級等の決定は、入社後相当期間は、職務(能力)給制度という被告の人事・賃金制度の建前にかかわらず、人事考課・査定の結果を主要な要素としてではなく、むしろ勤続年数と学歴という属人的要素を主たる要素としてなされていること、換言すれば、被告の人事・賃金制度の運用実態(賃金実態)は、年功序列的実態にあることが認められるが、入社後相当期間を経過すれば、右のような年功的要素が次第に減じ、人事考課・査定を主たる要素として職級(職階)及び賃金額が決定されるという被告の人事制度の建前どおりの能力主義的運用実態となっているというべきである。

そして、前掲賃金実態に関する資料及び被告の賃金実態に関する認定事実からすると、主として年功序列的運用実態が認められる期間としては、次のとおり認めるのが相当である。

(一) 高卒入社者について

同期入社者の中で、半数以上の者が係長へ進級するのは、勤続二三年(入社二四年目)からであること、八割以上のものが係長に進級するのは、勤続二五年(同二六年目)ないし二七年(同二八年目)であること、特別役付職に進級する者が出現し始めるのは最も早い時期で勤続二五年(同二六年目)であること等を特に考慮し、同期入社者のうち半数以上の者が係長へ進級する勤続二三年(同二四年目)以降、特別役付職に進級する者が最も早く出現する勤続二五年(同二六年目)以前である勤続二五年(入社以降二五年間)

(二) 中卒入社者について

同期入社者の中で、原告らマル特者を除いて九〇%以上の者が主任級に進級するのは、勤続二四年(入社二五年目)であること、一般役付職に進級する者が出現し始めるのは勤続二三年(同二四年目)ないし二七年(同二八年目)までであること、主任級が同期入社者の中で最多数になるのは、勤続二二年(同二三年目)ないし二九年(同三〇年目)であること等を特に考慮し、右九〇%以上の者が主任級に進級する勤続二四年(同二五年目)から一般役付職に進級する者が出現し始めるのが最も遅い勤続二七年(同二八年目)までのうち、勤続二七年(入社以降二七年間)

3  なお、年功序列的賃金運用の実態と期間に関する右のような認定は、被告が殆どその実態を明らかにしないため、限られた資料によってなされたやむを得ない判断というべきであるが、被告の賃金実態に関する前記中電労組及び原告・被告らの理解と対応状況、並びに被告を含む我が国大企業におけるこれまでの中学・高校新卒者の定期採用と終身雇用を前提とする人事・賃金制度の運用実態等に照らしても妥当なものと考えられる。

第六 賃金差別行為の有無について

一 原告らに対する処遇の実態について

1 原告らの賃金偏差値の分布状態

中電労組作成にかかる前記甲第九〇一号証(「賃金実態調査―私達の賃金は―四八年度」と題する賃金実態資料)及びこれに記載された標準偏差を基礎資料として、原告らが作成した甲第九八三号証及び甲第九八五号証によれば、原告らのうちの男子の同年度の基本給は、その大半が、マイナス二σ以下に位置付けられていることが認められ、また原告らの偏差値を一覧表にした甲第九九九号証及びこれをグラフ化した甲第一〇〇〇号証によれば、原告らの偏差値の平均が9.1に過ぎないこと、原告らの偏差値の分布が正規分布が示すべき位置に比べて著しく負の方に偏っていることが認められる。

これに対して、昭和四一年度の中電労組作成の賃金実態資料(前記甲第九五六号証)を基礎資料として、原告らが同年度の基本給の標準偏差を算出した結果である前記甲第九七九号証の二並びに甲第九八一号証、同年度の原告らの偏差値を算出して一覧表にした甲第一〇〇一号証及びこれをグラフ化した甲第一〇〇二号証によれば、原告らの同年度の偏差値の平均は45.2であり、平均基本給以上の基本給を得ていたことを示す偏差値五〇を上回る原告らも相当数存在すること、また偏差値の分布状態も、正規分布と近似する状態で分布していることが認められる。

2 原告らの賃金実態

原告らと同期・同学歴入社者との格差の存在については、既に本款第一において認定、判断したところであるが、右認定の事実及び本款第三、第五で認定した被告の賃金差別を窺わせる直接証拠と年功序列的賃金実態が存在する事実を総合すると次のとおり認めることができる。

すなわち、原告らのうち大多数の者は、賃金実態資料で明らかにすることができる昭和三九年度以降、当初は、基本給及び職級(職階)について、いずれも同期・同学歴入社者の大多数の者が位置付けられている範囲に位置付けられ、年功序列的な幅の中で標準者と同様に処遇されていたが、勤続年数の経過とともに、特に原告らが被告によってマル特と目されたと主張する時期頃から、次第に基本給についてはその分布の幅の最下限に近づき、職級(職階)についても、同期・同学歴入社者に比較して進級が遅れ、他の同期・同学歴入社者の大多数の者が格付けされる職級(これは、前記年功序列的運用がなされていると認められる期間については、中位職級に相当すると認められる。)との乖離が大きくなって、年功序列的な処遇の幅をはずれ、著しく低位の処遇を受けるに至ったことが認められる。

二 マル特認定とその時期について

原告らは、原告らが右のとおり年功序列的な処遇の幅をはずれ、著しく低位の処遇を受ける至った時期について、被告が原告らを日本共産党員ないしその同調者と目して差別的労務施策の対象とすることを決した時期(以下「マル特認定時期」ともいう。)であるとして、別表11「マル特認定時期一覧表」記載のとおり主張するので検討する。

1 被告が、昭和四〇年代前半頃に、その反共労務施策の一環として、日本共産党員ないしその同調者と目される者を全社的に調査・把握し、これをマル特者としてリストアップしようとしていたこと、現に山田平四郎文書(甲第一六二号各証)において、原告ら多数を含む活動家がランク別にリストアップされており、同種の資料として静岡支店幹部会資料その他が存在することは、既に第一章第二款及び本章第一款第三等において認定したとおりである。

そして、これらの事実に加え原告ら作成の各陳述書(甲イ第一ないし第九〇号証の各一)によれば、原告ら主張のマル特認定時期の頃に、原告らの職場の上司は、原告らが日本共産党員ないしその同調者(マル特)であると認識した上、原告らの行動等を直接又は間接に把握し、他の従業員と異なった特別の対応をしていたことが認められ、したがって、被告は、これら職制等を通じて、その頃原告らを日本共産党員ないしその同調者(マル特)と目したであろうことが推認される。

更に、前記認定の原告らの現に支給された賃金額と同期・同学歴入社者の平均賃金額との格差の発生時期が、多数の原告について原告ら主張のマル特認定時期と殆ど一致していることが認められる。

2 また、原告らのうち、マル特認定時期を昭和三八年度以前と主張する原告ら(原告後藤幸雄ほか八名)については、同三九年度の時点で、同期・同学歴入社者の平均基本給との格差が既に相当程度生じているものの、右賃金実態に関する資料が被告から得られないことなどから、格差の発生時期を特定することは困難であるけれども、これら原告らの大半は遅くとも山田平四郎文書等が作成された昭和四〇年代半ば頃にはマル特者として上位のランクにリストアップされているものであって、これに加え、右原告らの賃金及び職級の推移が、他の原告らに比しても、同三九年度において既に著しく同期・同学歴入社者の平均基本給及び中位職級より低位にあり、右にみた年功序列的実態から乖離していることに照らせば、これら原告らについても、他の原告らと同様に、昭和三八年度以前にマル特者と認定されたものと推認して妨げないところである。

3 なお、被告は、原告ら主張の賃金格差の発生時期とマル特認定時期との間に齟齬があること等を理由に、原告らをマル特と認定したことはない旨主張するけれども、被告が反共差別意思を有し、反共労務施策を実行したこと、個々の原告らに対する点を措くとして、総体としてマル特者に対し賃金差別意思を有し、賃金差別を実行したことが窺えること、また原告らにおいて、個々の原告ごとに被告がマル特と認定した時期を特定することは、もともとそれが被告の労務施策等の秘密に関する事柄の性質上、極めて困難であるといえること等の前記説示の事実に照らすと、原告ら主張のマル特認定の時期について多少の齟齬や不確実なところがあるからといって、そのことを理由にマル特認定の事実そのものを否定しようとする被告の主張は採用できない。

三 賃金差別行為と因果関係

1  右一、二に認定の原告らに対する処遇の実態、マル特認定の事実、並びに反共差別意思ないし反共労務施策の存在、賃金格差の存在、賃金差別を窺わせる証拠の存在、年功序列的賃金実態の存在と標準者概念の有意性等前記第一章第二款、第二章第一款の第一、第三、第四、第五に認定の各事実を総合すれば、被告は、その労務政策の一環として、原告らを含む日本共産党員ないしその同調者の職級及び賃金等人事上の処遇について、遅くとも原告ら主張のマル特認定時期の頃までには、原告らをマル特者として認定した上、その思想・信条を理由に賃金差別行為を開始し、前記標準者概念の想定できる期間これを継続し、その結果、原告らを他の同期・同学歴入社者とかけ離れて著しく低位に処遇してきたものと推認することができる。

なお、原告らが、右差別的処遇を受けた間、いずれも標準者らと同程度と評価できる労働を提供した事実は、前記マル特認定を受けるまで原告ら各自が標準者と同様の処遇を受けていた等の同原告らの勤務振りから推認することができる。

2  以上の認定は、被告の右のような一般的な反共差別意思及び年功序列的賃金実態の存在、並びにその他原告らに対する差別的取扱いの存在状況等から、大量観察的に原告ら各自に対する反共賃金差別行為の存在を推定したものであるが、本件訴訟においてこうした推定が合理性を有するものとして許されるべきことは、前に標準者概念の有意性等について説示したところ、とりわけ考課・査定に関する事項は秘密とされ、その具体的内容について原告らにおいて把握することが極めて困難であるなどの事情が認められ、したがって、予め原告ら各自において被告による思想・信条による差別と賃金格差との間の因果関係について逐一主張・立証する必要があるとすることは、原告らと被告間の雇用関係の実態に照らして公平を失することからも首肯されるところである。

3  もっとも、右のとおり大量観察的に原告らに対する賃金差別行為の存在を推定することと、被告の人事・賃金制度が基本的に「能力」によって処遇する制度であることとは、何ら矛盾するものでないことはこれまで説示したところから明らかであるから、被告が、原告らが他の同期・同学歴入社者とかけ離れて低位に処遇されてきたのは、原告らの入社以来の勤務成績が劣悪であったこと、或いは能力向上の意思を放擲したため人事考課・査定が低位になされた結果であることを証明したならば、右推定が覆されるものであることはいうまでもない。

そこで、被告が、原告らの劣悪な勤務振り等を示すものとして主張する事実(〔被告の主張2各論〕記載のとおり)について、以下検討することとする。

第二款 原告らの勤務振りの劣悪性について

第一 勤務振りの劣悪性の意義

一  被告の人事・賃金制度の建前にもかかわらず、年功序列的運用実態が認められること等から、被告の反共労務施策の一環としての賃金差別行為と賃金格差との間の因果関係が推認されるに至った経緯に照らして考えると、ここで検討の対象とされるべき原告らの勤務振りの劣悪性とは、単に原告らの人事考課結果の最終成績等級区分が別表B―1「原告ら最終成績等級区分等一覧表」記載のとおり極めて劣位にあったとか、被告側評定者から見て、原告らの勤務振りが抽象的に「他の者に比べて物足りない勤務振りであった」或いは「同職級の誰某はこの点は満足のいく勤務振りであった」等といった評定結果の劣悪性をいうのではなく、客観的に見て、原告らが、年功序列的賃金実態の中で標準的に処遇されている他の大多数の同期・同学歴入社者(標準者)に比して、かけ離れて低位に評定されてもやむを得ないと認めるに足りる具体的劣悪な勤務振りをいうのであって、もとより被告がこの点について主張・立証する必要があることはいうまでもない。

二  右観点からすると、被告の人事・賃金制度の下において、標準者の勤務振りがどのようなものであったのかということは、被告の人事考課・査定が絶対評価によるか相対評価によるかにかかわらず、原告らの勤務振りの劣悪性を判断する上で必要かつ重要な前提事実となるわけであるが、被告は、標準者概念を否定していることもあって、標準者の勤務振りがどのようなものであったかについてはこれを具体的に明らかにしていない。

もっとも、この点に関する被告の主張及び原告らの勤務振りを立証する趣旨で被告が申請した証人(以下「被告各論証人」という。)の各証言等からすると、被告は、標準的な従業員として、無断欠勤等なく、上長等の指示に従って与えられた業務を確実に落度なく遂行し、常に資格取得のための勉強や業務関係の資料に目を通すなどして自己啓発と能力の向上に努め、職場の同僚とはトラブルを起こさず、協調性のある態度で勤務に励む従業員を想定し、それとの比較で原告らの勤務振りを評価しているのではないかと思われる。

しかし、一般的経験則に照らすと、このような完全に近い優良かつ協調的な従業員を標準的従業員として捉えることには疑問があるから、被告各論証人の証言及び陳述書の供述記載中、右のような優良かつ協調的な従業員の勤務振りを標準として評価した結果、原告らの勤務振りが劣悪であった旨を述べる部分はにわかに採用し難いところである。

三 そこで、以上の検討の結果を踏まえて、考課・査定の基準とされるべき被告の標準的従業員の勤務振りについて、次いで、原告らの勤務振りの劣悪性を示すものとして、被告が主張する別表B―2「原告らの勤務振り一覧表」記載の事実(以下「劣悪事実」ともいう。)について、これが原告らを標準者からかけ離れて低位に処遇するのもやむを得ないと認めるに足りる程度に劣悪な勤務振りといえるかにつき検討を進めることとする。

第二 被告の標準的な従業員の勤務振り<一ないし三を省略>

四  原告らの勤務振りと対比すべき被告の標準的な従業員の勤務振りの実態は、概ね右認定のとおりであり、決して被告が主張するほどに完全な或いは優良な状況にはなかったことが推認される。

第三 被告主張の劣悪事実について

一 劣悪事実の中には、原告らの勤務態度、自己啓発意欲等の評定者の評価結果に関連したものが多いが、これらの事実は、マル特と目された原告らが、被告の反共労務施策により種々の差別を受けるといった状況の下でなされた評価結果に関するものである上、比較の対照とされるべき被告の標準的な従業員の勤務振りが前記のとおりであることを考慮すると、これら被告従業員の勤務振りが、いずれの点においても原告らの勤務振りを遥かに超えて優良であったことを裏付ける客観的証拠もないまま、原告らの劣悪な勤務振りを示す事実としてたやすく採用することはできない。

二 劣悪事実のうち、事故、ミス、トラブルについては、原告ら作成の陳述書又は本人尋問の結果によって当該原告が自認した事実及び当時作成された事故報告書その他客観的事実によって裏付けられる事実がある一方、被告各論証人の供述等のほかにこれを裏付ける客観的な証拠がない事実もある。しかも、原告らが自認する事実及び客観的証拠によって認められる事実についても、前記認定の被告の標準的な従業員の勤務振りに照らすと、後記第四における原告竹内信之の場合のほかには、そのことによって直ちに人事考課・査定の結果が最低段階に評定されてもやむを得ないと認めるに足りるほどに劣悪であるとの心証を得ることは到底できず、また仮に右事実が消極的な評定要素となることはやむを得ないとしても、被告の人事考課制度が年度別に評価対象事実を区別し、前年度の勤務振りは後年度の評定に影響を与えないという建前が採られていることからすれば、右事実をもって、原告らの勤務振りが、標準者の幅を著しく下回る処遇を継続して受けることを是認するに足りるほど劣悪であったと認めることもできない。

三 能力向上を放擲したとの事実については、前記認定のとおり、原告らの中には、昭和四三年頃まで、同期・同学歴入社者の平均基本給を上回る基本給を得ていた者が少なからず存在するが、これは、被告の人事・賃金制度に照らして、当該原告の人事考課結果が他の同期・同学歴入社者の多くを上回っていたため、換言すれば、同原告らの勤務振りが良好であった結果であると推認できる。ところが、これらの原告らについても、前記の昭和四六年度以降の人事考課結果の最終成績等級区分はおしなべて最低段階に位置付けられているのに、被告は、この点について、同原告らが能力向上を放擲したためである旨主張する一方、同四六年度より前の人事考課結果については、その記録もそれを示す資料も存在しないとし、一部の被告各論証人が右期間の勤務振りについて供述するに止まっている。これでは同原告らの勤務振りが著しく劣悪となった理由について合理的な説明ができていないというほかはない。

四 かえって、前掲原告らの各陳述書及び証拠によれば、原告らの中には、前記認定の被告の他の従業員の中でも取得者が限られており、その意味で難関と認められる公的資格を取得している者、当該原告を含むグループが提出した改善提案が採用されている者、勤務に関して被告から表彰状の授与を受けている者等が存在すること、また右のように特記する事項はなくとも、与えられた業務を大過なく遂行していると認められる者も多数存在することが認められる。しかるに、こうした原告らについても勤務振りが劣悪であるとして最低の人事考課・査定のなされていることが認められる。

五  以上によれば、年功序列的賃金実態の中で標準的に処遇されている他の大多数の同期・同学歴入社者(標準者)に比して、原告らの勤務振りが、かけ離れて低位に評定されてもやむを得ないと認めるに足りる具体的に劣悪な状況にあったとは認められず、したがって、被告の主張・立証によっては、被告の反共労務施策に基つく賃金差別行為と原告らの賃金格差との間の因果関係の推定を覆すに足りないというべきである。

第四 原告番号48竹内信之について

原告竹内信之本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和六〇年ころ、自己の処遇改善を求める等の理由で、少なくとも一回ずつ、当時の被告の社長宅及び副社長宅に直接業務時間外に架電したことが認められる。この点に関して同原告は、直属長等の許可を得るなど、ルールを遵守した等と供述するけれども、採用し難い。社会通念上も業務時間外の故をもって許される行為ではなく、職場のルール、秩序を遵守するという勤務態度に密接に関連する事実として、消極的評価対象事実になることは是認せざるを得ないところである。

また、乙第二〇六〇ないし二〇六二号証及び原告竹内信之本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和六一年二月頃、改善提案制度を利用し、当時の直属長である片桐理一副長を小馬鹿にし、揶揄、愚弄する内容の「改善提案」を提出したことが認められる。

ところで被告は、昭和六〇年頃以降(一部同五七年頃以降)の同原告の勤務態度を証するものとして、同原告の当時の直属長や上席者等の作成にかかる乙第二〇三四号証の一、第二〇三五ないし二〇三八号証、第二〇三九号証の一、第二〇四〇号証、第二〇四一号証の一、第二〇四二ないし二〇五九号証、第二〇六九号証、第二〇七〇号証及び第二〇七二号証の日記、報告書、業務日誌、メモ又は陳述書を多数提出しているところ、右各書類には、同原告が、上長の指導に従わず、あるいは上長を侮辱、中傷した言動があったことや、下請業者との間のトラブル等が頻繁に生じていたこと等が、同原告と上司らとのやりとりを再現するなどの方法で、詳細に記載されている。そして、その記載の体裁及び内容からして、右各証拠に記載された事実に沿う事実が相当程度存在していたことが推認できる。

これらの事実から原告竹内信之の昭和六〇年度以降の勤務振りを判断すると、同原告の行ったこれらの事実が単純で一回的な事故やミス等の類ではなく、その勤務振りにおける継続的な属性を示すものというほかないから、社会通念上もこうした同原告の勤務振りを人事考課・査定において最低段階に評価することも又やむを得ないものと認められる。

右によれば、原告竹内信之について、昭和四六年度ないし同五五年度の人事考課の最終成績等級区分が同原告の劣悪な勤務振りを反映した正当な人事考課に基づくものとの心証を得ることはできないけれども、同六〇年以降については、その評定結果は被告において全く明らかにされていないことを斟酌したとしてもなお、同年度以降の人事考課結果が最低段階に評価されてもやむを得ないといわざるを得ず、その意味で、同年以降の同原告の賃金格差と被告の反共差別行為との間の因果関係の存在については、反証がなされたものというべく、同六一年度以降の同原告の差別賃金相当損害は認めることができない。

第三款 責任原因

第一 不法行為の成否について

一  以上認定の事実及び前記争いのない事実等によれば、被告は原告ら各自に対し、原告らが日本共産党員ないしその同調者であることを理由に、毎年の人事考課・査定において、低位に評価する等の差別的考課・査定を行い、そのような考課・査定がなければ原告らが得られたであろう賃金よりも低額な賃金しか支払わなかったことが認められる。

ところで、人事考課・査定行為は基本的には使用者の裁量に任されているとはいえ、裁量の範囲を逸脱若しくは濫用した場合は、もとより正当な権利行使とは認められず、これが違法となることはいうまでもないところ、思想・信条の自由は憲法によって手厚く保護されている基本的権利である上、思想・信条を理由とする差別的取扱いが労働基準法三条によって禁止され、同法一一九条一項がこれに違反した者に対し六箇月以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に処するなどの厳しい措置をもって臨んでいることに照らすと、使用者が労働者の思想・信条を理由に差別的考課・査定をすることが公序良俗に反する違法行為であって、民法七〇九条の不法行為を構成することは明らかというべきである。一方、労働者は、使用者により、公正な考課・査定に基づき提供した労働に相応した賃金の支払いを受けられる等の公正な処遇を期待して雇用契約を締結し、これを維持してきたものであることは明らかなところ、このような労働者の期待は法的保護に値する権利ないし利益であることはいうまでもない。

そうすると、使用者である被告は、違法な考課・査定行為により労働者である原告ら各自が有する期待権ないし法的利益を違法に侵害したというべきであるから、これによって原告らに生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

二  被告は、賃金差別に基づく不法行為成立のための要件事実とその主張・立証について、原告ら各自に対する個別立証がなされていないとか、原告らの主張・立証責任に属する一定の要件事実に関する主張・立証が欠けているなどと主張するけれども、これまでになされた原告らの主張・立証は、不法行為成立のための要件事実とその主張・立証責任の一般論としても、又原告ら各自に対する個別立証の必要性の点に関しても何ら欠けるところのないことは、以上認定の諸事実とりわけ本章第一款第六において認定、判断したところに照らして明らかである。被告のこの点の主張は採用できない。

第二  債務不履行責任について

原告らは、被告の負うべき債務の内容として、従業員を公正に人事考課・査定しこれに基づき平等に取り扱うべき義務(以下「公正査定義務」という。)があることを理由に損害賠償の請求をする。

確かに公正な査定に基づき平等な取扱いを受け得るかどうかは、労働者にとって雇用契約を締結し、これを維持していく上での最大関心事であり、労働者は公正な取扱いの受けられることを期待し、使用者もその期待に応える意思をもって雇用契約を締結し、維持してきたものであることは明らかであるから、使用者が個々の労働者に対しても、一般的、抽象的には公正査定義務を信義則上負っているということができる。

しかし、人事考課・査定については、もともと使用者に裁量権が認められ、当該考課・査定が就業規則及び労働協約等所定の人事考課・査定制度の定めに従って手続上正当になされていることが認められる限り、使用者は考課・査定の内容を逐一労働者に開示説明等するまでの義務を負っていないことは、一般的にも認められており、また前記被告の人事・賃金制度の組織、内容及び運用の実態等について検討した経緯からも明らかというべきである。

したがって、人事考課・査定に関し、使用者に対し、右のとおり肯認することのできない開示説明義務以外に、公正査定義務として何らかの内容の義務の存在を想定することは困難というほかなく、また原告らもその内容を具体的に明らかにしていないから、公正査定義務の存在を前提とする被告の債務不履行責任の主張はその余につき判断するまでもなく採用できない。

第三 消滅時効の抗弁について

被告は、原告らの本訴請求のうち不法行為による差別賃金相当損害賠償請求に対し、各原告らについて認められる賃金格差は本訴提起の三年前以前からの差別査定行為の積み重ねの結果生じたものであるから、三年の時効期間の経過により時効消滅していることになる旨主張するけれども、本件において被告の賃金差別に基づく不法行為が完了するのは、各賃金支払時期ごとに原告ら各自に不当に低額な賃金が支払われた時であることは言うまでもないことであるから、この点の被告の主張は到底採用できない。

第四款 損害について

第一 損害の算定の基準

一  被告の思想・信条を理由とする違法な賃金差別行為により、原告らと標準者との間に著しい賃金格差が生じていること、その格差の原因について、被告は原告らの勤務振りの劣悪性について主張・立証したけれども、原告竹内信之についての一部を除いては、いずれもこれを証するには足りず、それ故前記標準者概念の認められる限度において被告の人事・賃金制度は公正に機能していなかったというほかないこと、したがって、被告の原告らに対する賃金差別行為と原告らと右標準者との間の賃金格差につき因果関係の存することが推認されることは、これまで認定、判断してきたとおりである。

ところで、不法行為によって生じた損害の算定に当たっては、裁判所は訴訟に現れた諸般の事情を総合考慮して賠償されるべき損害を合理的に算定すべきものと解されるところ、右のとおり思想・信条による賃金差別行為により賃金格差の生じていることが認められる一方、格差の原因について、被告は、原告らの勤務振りの劣悪性についてこれを証するには足りず、しかも、原告らと同期・同学歴入社者の賃金実態等を人事の秘密に属するとして一部を除いて全く明らかにしないため、個々の原告ごとに格差の原因及び程度についてさらに具体的に検討することができない等の事情が認められることを考慮すると、原告らと同期・同学歴入社者のうち平均基本給を得ている者及び中位職級の地位にある者をもって格差算定の際の標準者と想定した上、これらの者の得ていた賃金額(以下「標準者賃金額」という。)と原告らの得ていた賃金額との差額をもって原告らの被った損害と認めるのが相当である。

二  被告は、標準者概念は無意味であるから、そもそも損害算定の根拠となり得ない旨主張するが、これが採用し難いことは、年功序列的賃金実態との関係で標準者概念の有意性及び標準者概念が認められる限度について前に説示したとおりである。

また、被告が原告らの請求の不当性について主張するところは、いずれも右標準者概念が認められない年代に関するものであって、右認定、判断と矛盾するものではないから、採用できない。

三  被告の人事・賃金制度の組織・形態が基本的に職務(能力)給であることからすると、原告ら各自の格差の原因として、同原告らの勤務実績が劣悪なため考課・査定が低位になされた結果生じた部分の存する可能性を否定することはできないけれども、格差の原因が右のような人事・賃金制度が公正に機能することなく、違法な差別にあることが認められる一方、格差の中に正当な考課・査定による部分も複合している可能性の認められるにとどまる場合については、不法行為を行った当事者において正当な考課・査定により生じた格差部分についてこれを特定して立証しないかぎり、格差全額について損害と認めるほかないものと解すべきところ、この点について被告が主張・立証を尽くしていないことは前記認定のとおりであるから、本件においては右標準者との差額全額を損害と認めるのが相当である。

第二 損害の算定

原告らと同期・同学歴入社者の平均基本給及び中位職級は、前記争いのない事実等記載のとおりであり、これらの基本数値を基に原告らが得られたであろう賃金を認定すると、別表2「賃金格差一覧表」中の「同期者」欄(B、D、F、H、J、L、N、P)記載のとおりであると認められ、これと原告らが現に受領した賃金額(これも前記争いのない事実等に記載のとおりである。)との差額合計は別紙1「認容債権目録」の「差別賃金相当額」欄記載のとおりとなる。

なお、別表2「賃金格差一覧表」に関し、原告らの主張する数値等には明らかな誤記と認められる部分があるので、右表は当裁判所において、適宜訂正を加えたものである。

ところで、別表2「賃金格差一覧表」の「格差額」欄(S)のうち、原告番号28西澤計佐夫の昭和四七年度分及び同65塩川頼男の同四七年度ないし同四九年度分については、明らかな計算違いによるものであると認められる。

したがって、原告番号65塩川頼男については、同人の昭和四七年度分の現に受領した賃金額が、同年度の標準者賃金額を上回る以上、同年度の差別賃金相当損害は認められないというほかない。

また、原告番号81辻岡秀郎については、原告らの主張によれば、同人がマル特と認定された時期は昭和四八年一〇月頃であるというのであるから、同人の昭和四七年度及び同四八年度の差別賃金相当損害賠償請求は、損害を認めるべき根拠についてのこれまでの説示に照らして主張自体失当というほかはない。

第三章 争点3(その他の差別・迫害行為の有無及び不法行為の成否)について

原告ら主張の賃金差別以外の差別・迫害行為は、別表A「差別・迫害行為一覧表」に記載のとおりである。

これらの行為は、被告の賃金差別意思を示す間接事実として主張されているとともに、各個の行為をもってそれぞれ不法行為を構成する事実としても主張されているので、以下判断する。

第一款 本件提訴三年以前の行為について

右「差別・迫害行為一覧表」備考欄中「*」記載の各行為については、いずれも本件訴訟提起より三年以上前になされたと主張する事実であることが明らかであるところ、これらの行為が仮に不法行為を構成するとしても、右各主張からみて、原告らはいずれも当該主張の日時頃加害者及び損害を知ったとみることができるから、これらの行為を理由とする損害賠償請求権は、本訴提起までに三年の時効期間を経過したことによって消滅したものというべきである。

第二款 右以外の行為について

同表備考欄中「○」記載の各行為については、仮に右主張にかかる行為が存したとしても、当該行為は、前記第一章第二款等において認定のとおり、労使協調路線を基本方針とする中電労組ないしその方針に忠実な同組合の組合員と、右基本方針に反対する原告らとの間の対立に由来するものと認められ、その行為の主体が被告であると認めるに足りない。仮に被告の間接的関与が推測されるとしても、本件全証拠によっても、これをもって直ちに原告ら各自の保護に値する権利ないし法的利益を侵害したと認めるに足りないから、これら行為が被告による不法行為であるとする原告らの主張はいずれも採用できない。

第四章 結論

第一款 差別賃金相当損害の賠償請求について

被告の賃金差別行為により原告ら各自が各差別賃金相当額の損害を被ったことは前記第二章第四款において認定、判断したとおりである。その具体的認容額を示すと、別紙1「認容債権目録」の各原告に対応する「差別賃金相当額」欄記載のとおりとなり、その内訳は同目録の「認容額1」欄ないし「認容額8」欄記載のとおりである(ただし、各原告に対応する最終の認容額欄には後記認定の慰藉料額を含む。)。

なお、同目録中の「認容額1」とは昭和四七年五月から同五〇年四月まで、「認容額2」とは同五〇年五月から同五三年三月まで、「認容額3」とは同五三年四月から同五六年三月まで、「認容額4」とは同五六年四月から同五九年三月まで、「認容額5」とは同五九年四月から同六二年三月まで、「認容額6」とは同六二年四月から同六三年三月まで、「認容額7」とは同六三年四月から平成元年三月まで、「認容額8」とは同元年四月から同二年三月までの各期間に対応するものである。

第二款 慰藉料請求について

原告らは、被告の右不法行為によって、差別賃金相当額の損害を被ったほか、年功序列的運用実態の認められる被告の人事・賃金制度の下においては通常生じ得ないような著しい格差をつけられるなどの人事上不利益な処遇を受けたこと、その結果、原告らが人間として有する名誉感情等を著しく傷つけられたであろうことは想像に難くない。これら各原告らの精神的苦痛は、右差別賃金相当の損害賠償のみによっては回復し難い損害と認められる。

加えて、前記のとおり差別賃金相当損害が認められないとされた後の時期においても、原告らの処遇に関し右賃金差別行為により生じた結果が影響しているのではないかとも考えられること、その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、原告ら各自に対する慰藉料として、別紙1「認容債権目録」の各原告に対応する「慰藉料額」欄記載のとおり認めるのが相当である。

なお、遅延損害金の起算日は、各原告らに対し認容される右差別賃金相当損害金に対する最終の遅延損害金起算日と同一と認めるのが相当である。

第三款 謝罪文交付等請求について

原告らが名誉等を毀損されたことによる損害は、右差別賃金相当損害金及び慰藉料の支払をもって償うことで十分回復されるものというべきであって、それ以上に謝罪文交付、掲示及び掲載の必要性を認めることはできない。

第四款 弁護士費用について

原告らが本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件の事案の内容、認容額その他一切の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、各原告の認容額(前記差別賃金相当額及び慰藉料額の合計)の八分ないし一割(万円以下切り捨て)と認めるのが相当である。

原告らの具体的認容額は別紙1「認容債権目録」の各原告に対応する「弁護士費用」欄記載のとおりである。

なお、右弁護士費用の遅延損害金の起算日については、その損害の性質に照らし本件口頭弁論終結日とするのが相当である。

別紙1認容債権目録<後掲>

別紙6<省略>

第二分冊

本文<省略>

別表A 差別迫害行為一覧表<省略>

第三分冊

本文<省略>

第四分冊

別表B―1 原告ら最終成績等級区分一覧表<省略>

別表B―2 原告らの勤務振り一覧表<省略>

第五分冊

別紙2

当事者目録

原告 後藤幸雄

外八九名

右原告ら訴訟代理人弁護士

安藤巌 原山剛三

加藤洪太郎 前田義博

荒川和美 安藤友人

小林修 杉浦豊

恒川雅光 仲松正人

浅井淳郎 荻原剛

加藤高規 加藤美代

高和直司 佐久間信司

笹田参三 田中雪美

田原裕之 冨田武生

中谷雄二 藤井繁

三浦和人 矢島潤一郎

山本勉 若松英成

阿左美信義 渥美雅康

渥美玲子 葦名元夫

足達十郎 安保嘉博

伊志領善三 伊藤幹郎

井上猛 井上幸夫

井上祥子 一岡隆夫

一木明 稲田堅太郎

稲生義隆 稲村五男

宇賀神直 羽柴修

臼井俊紀 永岡昇司

永仮正弘 永田徹

永尾廣久 榎本武光

塩沢忠和 横山国男

横山文夫 岡豪敏

岡崎由美子 岡崎守延

岡村共栄 岡村正淳

岡田正樹 下林秀人

加藤修 加藤充

加藤英範 加藤朔郎

加藤文也 河野善一郎

河村武信 花田啓一

海川道郎 海部幸造

葛西清重 椛島敏雅

蒲田豊彦 鎌田正紹

関戸一考 関本立美

岩田研二郎 岩月浩二

岩佐英夫 岩崎功

菊池紘 菊池一二

吉井正明 吉岡良治

吉岡和弘 吉原稔

吉川五男 吉田栄士

吉田健一 吉田恒俊

吉田隆行 久保哲夫

宮田陸奥男 宮原貞喜

宮田学 宮道佳男

宮本智 宮本平一

郷成文 郷路征記

玉木昌美 桐山剛

近藤忠孝 金野繁

金野和子 熊谷悟郎

鍵谷恒夫 原山恵子

古川景一 古田邦夫

戸谷茂樹 胡田敢

後藤好成 後藤裕造

工藤勇治 江越和信

溝口敬人 甲村和博

荒井新二 高橋勲

高橋高子 高橋修一

高橋典明 高荒敏明

高崎暢 高田良爾

高藤敏秋 高木一彦

高木輝雄 高木敦子

今村征司 根岸義道

佐々木芳男 佐々木猛也

佐藤久 佐藤勉

佐藤義彌 佐藤欣哉

佐藤克昭 佐藤真理

佐藤哲之 佐伯雄三

斎藤洋 斎藤正俊

斎藤鳩彦 斎藤眞行

細見茂 坂井興一

坂本修 阪口徳雄

阪本貞一 榊原匠司

桜川玄陽 三竹厚行

三津橋彬 山田安太郎

山田万里子 山下潔

山下綾子 山原和生

山田幸彦 山内満

山内康雄 山内忠吉

山本一行 山本英司

山本真一 山本政道

市野勝司 市来八郎

志田なや子 志村新

指原幸一 寺沢勝子

寺沢達夫 寺島勝洋

篠原義仁 柴田茲行

守井雄一郎 守川幸男

秋山信彦 出田健一

春田健治 勝山勝弘

小貫精一郎 小川芙美子

小薗江博之 小口克己

小川達雄 小島肇

小島延夫 小牧英夫

小林保夫 松井繁明

松岡康毅 松丸正

松村文夫 松尾直嗣

松本善明 松野信夫

松葉謙三 沼田敏明

上山勤 上田誠吉

上野正紀 上栁敏郎

色川雅子 森健

森和雄 森下文雄

森山文昭 森川明

神山祐輔 真部勉

須田政勝 須藤正樹

水野幹男 杉井厳一

杉山彬 杉山潔志

杉村茂 成瀬聰

成瀬欽哉 星山輝男

星野秀紀 清宮國義

清水茂美 西枝攻

西本徹 西澤仁志

斉藤豊 斉藤健児

石川智太郎 石橋一晁

石口俊一 石坂俊雄

石川元也 石川康之

石田享 石田正也

石野隆春 赤沼康弘

赤沢博之 赤塚宋一

川嶋冨士雄 川上耕

川村武郎 川中宏

川田繁幸 川又昭

船尾徹 前哲夫

前川雄司 前田修

早川光俊 相良勝美

増田隆男 増本一彦

増本敏子 蔵元淳

村井豊明 村山晃

村松敦子 黛千恵子

大森鋼三郎 大音師建三

大橋昭夫 大江洋一

大国和江 大川真郎

大門嗣二 大矢和徳

谷和子 谷口優子

谷田豊一 段林和江

竹下重人 竹内平

中西裕人 中村亀雄

中島嘉尚 中尾誠

猪俣貞夫 長屋誠

津田聰夫 津留崎直美

塚田昌夫 鶴見祐策

天野茂樹 田村徹

田代博之 田中久敏

田中三男 田中秀雄

田中富雄 田中庸雄

田中利美 田辺紀男

田辺幸雄 渡辺馨

渡辺昭 渡辺昇三

渡辺哲司 渡會久実

土生照子 土田嘉平

嶋田隆英 東垣内清

藤森克美 藤田康幸

藤野善夫 徳永豪男

酉井善一 南野雄二

二上護 梅田章二

白井孝一 白井幸男

白垣政幸 畑山穣

飯田幸光 飯野春正

尾関闘士雄 尾関恵一

浜口武人 富森啓児

武井共夫 武田芳彦

服部融憲 福山孔市良

福地明人 福島等

福本嘉明 福本富男

兵藤進 平和元

平山正和 平田武義

並河匡彦 保田行雄

峯田勝次 豊川義明

北條雅英 本杉隆利

名和田茂生 毛利正道

木嶋日出夫 木下哲雄

木山潔 木村晋介

木村和夫 門屋征郎

野口善国 野上恭道

野村裕 野仲厚治

野田底吾 矢野修

柳重雄 輿石英雄

鈴木泉 鈴木宏明

鈴木康隆 鈴木克昌

筧宗憲 簑輪幸代

簑輪弘隆

被告 中部電力株式会社

右代表者代表取締役 太田宏次

右訴訟代理人弁護士 高橋正藏

同 松崎正躬

同 片山欽司

同 西尾幸彦

同 來間卓

同 水野正信

同 入谷正章

同 服部豊

同 佐尾重久

同 浦部康資

同 斎藤勉

別紙3請求債権目録<省略>

別紙4謝罪文<省略>

別紙5掲示場所目録<省略>

別表1原告ら略歴一覧表<省略>

別表2賃金格差一覧表<省略>

別表3原告ら職級(階)推移一覧表<省略>

別表4中位職級(階)推移一覧表<省略>

別表5―1電産型賃金体系<省略>

別表5―2前期職階制賃金体系<省略>

別表5―3後期職階制賃金体系<省略>

別表5―4職能等級制賃金体系(昭和四八年四月以降)<省略>

別表5―5職能等級制賃金体系(昭和五二年八月以降)<省略>

別表6―1資格の名称及び段階<省略>

別表6―2当初の従業員への最初の資格付与状況<省略>

別表6―3最短昇格基準<省略>

別表6―4勤続昇格基準<省略>

別表6―5特別昇格選考<省略>

別表6―6昭和四八年四月職能等級制度移行後の昇格基準<省略>

別表6―7後期職階制における一般職員の職階、職級別の必要資格<省略>

別表7―1職級付与基準<省略>

別表7―2職級区分基準<省略>

別表7―3職級付与基準<省略>

別表7―4初任段階の職級基準<省略>

別表7―5昭和五二年四月以降の職級区分基準<省略>

別表7―6新規採用者に対する標準扱期間及び初任職級<省略>

別表7―7定年延長に伴う賃金体系の変更<省略>

別表7―8職級呼称変更状況<省略>

別表7―9(新)四級(旧主任級)の職級区分基準<省略>

別表7―10昭和六〇年四月一日実施の職級別勤続年数別基本給表<省略>

別表7―11昭和六二年三月改定の一般職職級区分<省略>

別表7―12昭和六二年三月改定の職級区分基準<省略>

別表8職級区分推移一覧表<省略>

別表9賞与支給率一覧表<省略>

別表10財産形成助成手当支給率一覧表<省略>

別表11マル特認定時期一覧表<省略>

別表12―1<省略>

別表12―2<省略>

別表12―3<省略>

別表12―4<省略>

別表12―5<省略>

別表13―1昭和六二年改訂後の職級区分<省略>

別表13―2役付職の主要な職務内容<省略>

別表13―3役付職の職名とこれをおく場所<省略>

別表14役付職の数及び割合<省略>

別紙1

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